「ソコ座って、手ェ出せよ」

 基地に帰投してメンテナンスルームに入ると、スカイワープはサンダークラッカーに言う。

「おう。頼むぜ」

 差し出された黒い手の、指先一本一本まで、スカイワープは洗浄液に浸したウェスで丁寧に拭っていく。両手の次は翼。翼が終われば脚を。
 スカイワープは、不器用ではないが、行動がいちいち乱暴だ。この作業だって、もとはと言えば、スカイワープの乱雑なリペアに堪りかねて“ブチギレた”サンダークラッカーが、「てめェは、脚の泥でも拭ってろ!」と、そこらにあったウェスを投げつけたのがきっかけだ。そのときは、逆ギレしたスカイワープがサンダークラッカーに飛びかかっていって、取っ組み合いの大喧嘩になったものだが、どこでどう丸く収まったのか、結局、帰投後のこの作業は、黒のシーカーと水色のシーカーの習慣になった。





... and kiss.





 二機のシーカーのこの光景が、ディセプティコンの日常の一部として浸透し始めた頃、黒と水色が別々に出撃する機会があった。スカイワープのチームよりも先に帰投したサンダークラッカーに、一緒に出撃したブリッツウィングが言った。

「お前、今日は“ダンナ”がいないじゃん。俺が代わりに拭いてやろうか?」

 その頃はまだ、彼らの清拭の作業は、シーカー特有の気紛れの産物だと思われていたし、恰好のからかいの対象でもあったから、こんな台詞が出たのだろうが、このトリプルチェンジャーが、基本的には気の良いタイプだと知っているサンダークラッカーは、笑って答えた。

「おう。頼むぜ」
「まかせときな」

 ブリッツウィングがウェスを取り出して、見よう見まねでサンダークラッカーの手を拭いだしたとき、メンテナンスルームの扉が、軽い音を立てて開いた。サンダークラッカーとブリッツウィングのオプティックの向いた先には、黒い翼が立っていた。

「よう。遅かったな、ワープ」

 ブリッツウィングに手を取られたまま、サンダークラッカーが暢気に声をかけると、彼らを視界に入れたスカイワープのアイセンサーが、一瞬だけ明るさを増した。

「……」

 黒いシーカーは、物も言わずに、ズカズカと二機の所までやってくると、ブリッツウィングの手の中から、サンダークラッカーの手をひったくり、そのまま水色のシーカーを引っ張って別の作業台に移動した。

「あ! おい!」

 慌てるサンダークラッカーを無視して強引に座らせると、スカイワープは新しいウェスを取り出して、いつも通りの作業を始めた。
 ブリッツウィングは、少しの間、呆然としていたが、スカイワープがサンダークラッカーの手を拭い始めるのを見て、両手を上に向けて広げ、軽い調子でこう言った。

「おいおい、スカイワープよォ。ナニむきになってンだよ。ちょっとオマエの代わりをしてやっただけじゃねェか」

 そう言ってニヤニヤしているブリッツウィングを、スカイワープはチラリと横目で見ると、拭いあげたサンダークラッカーの黒い指先に、黙ってキスをした。

「――!! ぉまっ、何して……っ!」

 サンダークラッカーが、裏返った妙な声で抗議するのにも構わずに、次の指を拭い、そしてキス。次の指にも、キス。キス。キス……。全ての指先にキスを落とすと、最後は手のひらにキスをして、スカイワープは機体を起こした。
 サンダークラッカーは、ショックのあまり機能停止しそうな顔で、もう言葉も出ない。

「オイオイ……」

 あまりの光景に、ブリッツウィングが溜息をつきながら首を振っているうちに、スカイワープは、作業台を回り込み、サンダークラッカーの後ろに立った。そして、水色の翼の付け根に、……キス。

「ぅひぇっ!!」

 驚くほど色気のない悲鳴が、サンダークラッカーの発声モジュールから上がったが、ブリッツウィングは、それを笑うことなどできなかった。なぜなら、水色の翼の影から、黒いシーカーのオプティックが、ギラギラと輝きながら自分を睨みつけていたからだ。

「……オーケイオーケイオーケイ、分かったよ。俺が悪かった。もう邪魔はしねーよ」

 さしものトリプルチェンジャーも肩を竦めてそう言うと、手にしていたウェスを作業台に投げ出してメンテナンスルームを後にした。気の毒な水色のジェットが涙目で助けを求めているのが視界の隅に入ったが、それは見なかったことにした。
 どの世界でも、好んで“馬に蹴られて死”にたい者など、いはしないのだ。



 ――この出来事以来、二機のシーカーの儀式には、キスが加わった。
 余りに度が過ぎると水色のほうが抵抗するので、大抵は手のひらにひとつ、翼にひとつ、くらいだ。それでもたまに、足の爪先にキスを落としては、黒いほうが叱られている。ところが、どちらもまんざらでもなさそうなだけに、救いようがない。
 この頃では、周囲もすっかり慣れてしまって、この程度では席を外しもしない。せいぜい運の悪い新入りが、初めて目にしたときに泣きそうな顔になるくらいだ。それだって、しばらくすれば日常の一部になるのだ。
 周りの連中は、最近こう考えている。

《そろそろ水色は、黒色に、全身くまなくキスされたに違いない。》

 馬鹿馬鹿しくて、誰も口に出しはしないが。



***


Skywarp/Thundercracker







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