※設定等、ほぼオリジナルと化しています。

※サンクラ視点からのPhantom Pain.





「アンタ、ジェットロン部隊は、バカの集まりだと思ってるだろ。ま、たしかにスタースクリーム以外は、そうなんだけどサ。でも、俺らがバカなのには、理由があるんだぜ。俺らはさ、前線に出ることが多いだろ? 撃墜されて捕虜になっちまったときに、敵サンに余計なことを知られないために、せいぜいが基本情報しか覚えられないようにしてあンのさ。だけど、スカイワープと俺はメガトロン様の直属やってっから、バカといえども、いろんなこと知っちまってる。だから俺らは、敵に捕まることはできない。意地でも戻ってくるか、それができなきゃ――」





return to *





「すぐ戻ってくるからな! 必ず戻ってくるからな! ぜってェ生きてろよ!」

 喚くように言い残すと、スカイワープはスタースクリームを抱いたまま、空間を歪ませ、その中に消えた。

「さて、と」

 辺りを見回す。
 一時姿を隠していた戦闘ドローンたちが、瓦礫の陰から次々と現れ、俺を取り囲み始めていた。ガチャガチャと、無数のドローン達の機体同士の触れる音が、不快な騒音となって聴覚センサーに飛び込んでくる。
 自意識を持たない金属の集団は、プログラムされた反射行動を繰り返すだけだ。――にも関わらず、鋭い肢を振り立て、一様に威嚇行動を取るそれらは、まるで意志を持った一つの巨大な生き物のように見えた。

「さて、と……」

 もう一度呟き、足元に視線を落とした。
 この翼では、もう飛ぶことは叶わない。スカイワープもかなり消耗していた。ああは言ってくれたが、後陣までスタースクリームを連れ帰って、それからここまで戻ってこられるかどうかは、かなり疑問だ。自分ひとりで、なんとかしなければならない。
 蠢くドローンの群れを見やる。遠巻きだった包囲の輪が、ゾゾッとこちらへ動いた。一回り迫ってきた彼らの立てる騒音が、いよいよ聴覚センサーを圧する大きさになる。
 どうする? ファイヤーアタックとソニックブームで、血路を開くか?

「――まあ、無理だなぁ」

 この場は逃れたとしても、後陣までは地上を移動して撤退しなくてはならないのだ。大技を連発しながら走り回るほどのエネルギーは、もう残ってはいない。
 ドローン達は、逃れる手段を失って立ち尽くす獲物を、まるでいたぶるかのように、ジリジリと包囲の輪を縮め続けていた。鋏角を打ち合わせるカチカチという音が、もう個々に判別できるほど、間合いが迫っている。

 ……たぶん、もう、助からないだろう。

 自分でも意外なほど、冷静に思った。
 しかし、このままここで破壊されるにしても、コイツらがしっかりと自分の電子頭脳まで壊してくれる保証はない。この星の原住民は、セイバートロンには及ばないにしても、こうした半自律型のドローンを製造する程度の科学力は持っている。プロセッサーの形が残っていたら、そこから情報を取り出されてしまわないとも限らない。
 デストロンのあり方に疑問を感じているとはいっても、セイバートロンの危機を望んでいるわけではないのだ。
 斃れるのであれば、形をも遺さず砕け散らなければ。

「……それに面倒なモンは、少しでも減ったほうがいいだろうしな」

 一機のドローンが、機銃の射程距離に入った。とっさに照準を合わせる。
 撃てば、一匹殺せば、コイツらは一斉に襲いかかってくるだろう。
 覚悟を決める時だ。

「……平和な死に方にゃ縁がないだろうとは思っていたけどよー……」

 ビームを、撃ち込む。
 餌食となった一機が、もんどりうって倒れた。その向こうから、無数のドローンが一斉に飛びかかってくる。まるで波頭のように、自分の上へ雪崩落ちてくるドローンの群れを眺めた。
 死を避けられないならば、せめて死ぬ瞬間は、苦しくなければいいなぁと思った。けれど、その願いも叶いそうになかった。
 だから、なけなしの強がりで、ぼやいてみせた。

「こんな劇的な死に方も、ゴメンだったぜ」




***





「おはよう。サンダークラッカー」

 上から覗き込んだモノアイがその言葉を発したとき、正直、何がどうなってるのか分からなかった。その次に、俺生きてたのか、と思った。
 もし、あの世ってもンがあるんだとしたら、俺がそこで出会えるのは、俺が殺したヤツらか、俺より先に死んだヤツだ。俺は、コイツが死んだって話は、まだ聞いてない。だから、たぶん俺は生きてるんだろう。
 作業用の強い照明を背に受けて、まるきり黒い影だったレーザーウェーブは、俺の起動を確認すると機体を起こして、リペア台の脇にあるバイタルグラフのチェックを始めた。今度は順光を受けているその後ろ姿をぼんやりと眺めていると、紫の背が急に振り返った。

「訊ねたいことがあるなら、きちんと発声しろ。私が施した修復は完璧だ。声は出るはずだ」

 そんなに、もの問いたげな顔をしていたのだろうか。
 口を開いてはみたものの、とくに訊きたいことは思い当たらなかった。しかし、何かは言うべきなんだろうと、思ったことを、そのまま口にした。

「……ここ、どこだ」
「修復は完璧、と言ったはずだ。お前の生来の総合的な状況判断能力の低さについては、私の関知するところではないと考えていたが、どうやら調整が必要だったようだな」

 マジありえねぇ。起き抜けの相手に質問を強要した挙げ句罵倒するとか、鬼かコイツ。

「………………申し訳ありませんでした。サー」

 レーザーウェーブは、フンと高慢に顎をしゃくって――もっとも、彼に顎に相当するパーツがあるかは疑問だが――俺を見下ろし、腕を組んだ。

「四割がた粉々になっていたにしては、上々の回復具合だな。ジェットロンとは、なかなかしぶとい生き物だ」
「こなごな」
「覚えているか?」

 ――覚えている。
 俺は、レーザーウェーブを見つめながら、口を開いた。

「……俺は、自決するつもりだった」

 レーザーウェーブが頷いた。 「最大出力のソニックブームで、アイツらもろとも自爆するつもりだった」
「お前の企みは、半分成功した」
「半分?」
「お前のソニックブームは、付近約百メートル四方の土砂及び植生を吹き飛ばし、ドローン軍団は壊滅した。そして、お前は死ななかった」
「そっか」

 モノアイから目を逸らし、天井を見上げた。頭上の作業灯が眩しすぎて、何も見えない。カメラアイの絞りを絞ってから、べつにそれほど見たいものがあるわけでもないことを思い出した。どちらにしても、露出を下げた光学アイで光の向こうを見ることなど、できはしないのだ。
 横から、レーザーウェーブの声が聞こえた。

「その後は」
「え?」
「その後のことだ。何か覚えているか」
 覚えてるわけないだろ、と答えようとして、やめた。
 どうしようもない違和感がある。
 何かがおかしい。
 もういちど、レーザーウェーブに目を向けた。
 通常、大がかりなリペアは、システムを全て落とした状態で行う。ブレインサーキットも、最低限の生命維持に必要な活動以外を停止するから、外界からの情報もほぼシャットアウトされる。つまり、リペアを受けている本人の主観にとって、オフライン中の時間は、無かったも同然なのだ。
 そんな、俺でも知っている程度のことを、レーザーウェーブほどのセイバートロニアンが理解していないはずがない。
 何かがあったのだ。
 何があった。
 質問に質問で返す無礼を承知の上で、俺はレーザーウェーブに訊ねた。
 そうしながら、ひそかに自身のシステムのスキャンを開始した。

「……そういや俺のリペアには、どのくらいかかったんだ」
「ほぼ二ヵ月」
「にか……っ?!」
「覚えていないのか?」
「覚えてるも何も、俺、そんなに寝てたなんて……あ?」

 見つけた。
 ワーキングメモリに無理やり挿入された見覚えのないファイル。
 これは、なんだ?

「どうした」
「いや……べつに……」

 レーザーウェーブは、俺がこのファイルを検知したことに気づいているだろう。
 濃い影に沈んだフェイスパーツのなかで、俺に向けられた一つ目が光る。
 実験体が、確実に罠にかかるかどうかを、冷徹に観察しているのだ。
 俺は、レーザーウェーブの視線に縛られたまま、操られるようにファイルを展開した。
 その途端、膨大なデータが、暴力的なまでの強引さで、俺のブレインにアップロードされ始めた。

 膨大な、サウンドウェーブについてのデータが。

 たとえばそれは、サウンドウェーブの後ろ姿
 あるいは、サウンドウェーブの横顔
 そして、サウンドウェーブの声

 指先

 熱

 サウンドウェーブ

 サウンドウェーブ
 サウンドウェーブ!
 サウンドウェーブ!!


 ――――押し流される!!!


「あ、あ、なに……なんだ?! なんだよこれは?!」

 俺は跳び起き、自分自身を抱きしめるようにして、背を丸めた。
 体内から何かがせり上がってくる。空気の塊が押し出されて、喉が妙な音を立てた。吐きたい。吐けない。吐くものが何もない。それなのに、エネルギー変換器は、ひたすら空転し続ける。ひどい頭痛がした。苦しさに身体が捩れた。恥も外聞もなく呻いた。オーバーフローしたクーラントが、パーツの隙間から溢れた。

「ふむ。同期を完了しても、意識の不連続性は自覚されるのか」

 レーザーウェーブの声が、頭の上から降ってきた。ノイズが荒れ狂う聴覚センサーに、その言葉は、やたらクリアに響いた。
 やっとの思いで頭を上げ、声の主を探した。暗く狭まった視界に、黄色いモノアイだけが浮かんでいた。

「ど、同期って、なんだよ?」
「それは、お前が眠っている間の、“お前”の活動記録だ」
「なに言っ……分かるように言ってくれ……」
「リペア中、お前のパーソナルコンポーネントのコピーを擦り込んだ代替機を稼働させた。そのファイルは、代替機の経験の記録だ」
「アンタ……アンタら、俺を実験台にしたのか」
「すべては、デストロンの栄光のためだ」

 クソ。ふざけやがって。

 アイセンサーを閉じて、口の中だけで毒づいた。結局、身体を支えきれずに、機体を横ざまに倒した。リペア台に頭部を擦りつける。ヘルメットの角が擦れて、ガリガリと音を立てた。塗装が傷むだろうな、という思いが脳裏を掠めたが、何か、他の刺激を機体に与えていなければ、意識を保てそうになかった。
 同期が終わったかと思ったら、今度は、ブレインサーキットが、無理やりに押し込められたデータの整理を始めた。
 映像の断片が、脳裏に閃いてはどこかへ納められる。映像だけじゃない。音、温度、圧力……各種のセンサー情報も、そのつど、でたらめに再生された。誰かの手が機体の表面を辿っていった。腕が捩れた。俺の名が囁かれた。翼があり得ない方向に撓んだ。そして、バイザーの赤。
 最悪だ。
 なんて悪夢だ。

 ……悪夢だったなら、よかったのに。

 サウンドウェーブ。サウンドウェーブ。
 アンタ、“俺”に、いったい何をしたんだ。

「サンダークラッカー」
「……」

 俺は、アイセンサーを薄く開いた。口を開くのも億劫だった。
 レーザーウェーブは、相変わらず落ち着き払って立っている。返事はなくとも、俺が反応したことは判ったのだろう。そのまま言葉を続けた。

「お前は、今、“アンタら”と言ったな」
「……アンタと……サウンドウェーブだろ……」
「実験を行ったのは私だ。サウンドウェーブは、私の協力要請に応えたまでだ」

 俺を見下ろすモノアイが、数度点滅した。紫色の機体が軽く揺れ、排気を漏らす音が聞こえた。
 フェイスパーツのないレーザーウェーブは、表情の代わりに、動作と口調で、己の感情を雄弁に語る。どうやら、レーザーウェーブは、何かしら自分の意に添わないことを、口にしようとしているらしかった。

「サンダークラッカー。お前は、サウンドウェーブに感謝すべきだ」
「感謝? ……感謝ってなんだよ?」
「お前の仮のボディには、フィーメイルタイプを使った」
「……はぁ?」
「女型だった」

 俺が聞き取れなかったと思ったのか、レーザーウェーブは、より一般的な表現で言いなおしたが、問題はそこではないと、言う余裕もなかった。
 レーザーウェーブの言葉を聞いたとたんに、目の前で白い光が爆発したような気がした。続けて、一気に真っ暗になった。代替機とやらの、“記録”の意味するところを知った、と思った。
 出力の低い女型での実験。軍属であるとはいえ、実験台である以上、抵抗対策、逃亡対策が取られたに違いない。ろくに飛べもしなかっただろう。ついさっき、無理やりブレインサーキットに書き込まれた光景が、痛みが戻ってくる。
 コイツら俺に何をした?! “俺”は何をされた?!

「女型を使ったのは、純粋に技術的な問題解決の観点からだ。その他のどのような意図もない。だが、サウンドウェーブは、この二か月間、涙ぐましいほどの努力でお前を護っていたのだぞ」

 レーザーウェーブが、何かを言っていた。けれど、聴覚センサーには、ほとんど届かなかった。感情回路が論理回路を抑えつけ、聴くことを拒否した。
 俺は、吠えた。
 渦巻く感情が、怒りなのか悔しさなのか、それとも哀しみなのか、もう、何も分からなかった。

「護る?! 護るだって?! ふざけるな! さんざヒトを物みたいに扱いやがって、なにが護るだよ!! なァ愉しかったか? 愉しかったかよ?! 役立たずのジェットの羽を毟るのは!! 俺が、ヒィヒィ悲鳴あげてンのを眺めるのは!!」
「待て。何を言って……」
「お前も!! サウンドウェーブも!!」
「落ち着けサンダークラッカー!」
「こんな……なにがデストロンだ!! なにが……!!! お前ら、みんな狂ってやがる!!!」

「お前は何か誤解している! 私は、定期的に代替機の検診をしていた。彼の機体には、虐待の痕跡はなか「うるせえ! もういい! もうたくさんだ!!」

 俺は、レーザーウェーブを押し退けて部屋から飛び出し、闇雲に走りだした。
 ここがどこだか――デストロン基地内のラボなのか、レーザーウェーブ専用の研究施設なのか――も、分からなかった。どこへ行こうとも考えていなかった。ただ、とにかく“ここ”にいたくなかった。誰にも会いたくなかった。消えてしまいたかった。
 俺は、走って走って……走って、そこでまた、俺のメモリは、いったん途絶えている。
 なんのことはない。
 長期リペアでろくに補給をしてなかった上に、興奮して走り回ったせいで、エネルギー切れを起こしたのだ。敷地(ついでに言えば、ここは基地とは別の場所にあるレーザーウェーブの研究所だった)を出ることもなくシャットダウンしていた俺は、ガードドローンに回収されて、あっという間にラボに逆戻りした。
 そして、それから、俺は、なにもかも、どうでもよくなった。

 だって、そうだろう?
 俺が、ここを逃げ出したとして、それが成功したとして、いったいどこへ行けると言うんだ?
 サイバトロンか? 冗談じゃない。アイツらもデストロンと同じくらいくそくらえだ。
 じゃあ、街中に隠れて“普通”のセイバートロニアンとして暮らすか? そんなこと、できるわけがない。
 俺は、戦闘機だ。
 戦うことしかできないんだ。
 敵がいなければ。
 破壊しなければ。
 命令がなければ。
 ここにいなければ。
 そうじゃなければ。

 俺が、俺であることの意味なんて、どこにあるっていうんだ?




***





「サンダークラッカー、私は、お前に謝罪せねばならぬようだ」
「謝罪……なにを……?」
「お前の代替機には、幻肢痛があったようだ」
「げんしつう?」
「失われたはずのボディパーツに感じる痛みのことだ。通常は、腕や脚に生じる場合が多いが、どうやら彼は、全身に感じていたようだな。機体をそっくり入れ替えたのだから、無理もないといえば無理もないが……」
「どういうことだ?」
「お前に再生されたのは、その幻肢痛だ。実際に、機体に加えられたものではない」
「……」
「お前の様子から推測する限り、おそらく、彼にも相当の苦痛があったろうに、定期検診では、本人からの申告がなかったのだ。だから、私は気づけなかった」
「じゃあ、この話は」
「最後の日に、代替機自身が、サウンドウェーブに告白したのだそうだ」
「最後の日、か」
「……お前を再起動させる二日前のことだ。代替機の活動を止めてからの二日間に、精細に蓄積データのチェックをすべきだった。お前にはすまないことをした」
「どうして、ソイツ……“俺”は、言わなかったんだろうな」
「不具合が発覚すれば、処分されると考えたのかもしれん。コピーとはいえ、人格を刷り込んでいたからな。自己保存の基本プログラムが働いたのだろう」
「……じゃあ、どうして、“俺”は、サウンドウェーブには言ったんだ……」
「…………さあな。それは、私には分からない」




***





 背後に気配を感じた。
 俺のセンサーは、すぐに駆動音の特徴を聞き分ける。
 俺のものじゃない“俺”の記憶が、その駆動音の持ち主を特定する。

「べつに、脱走とかは考えてねーよ」

 近づくサウンドウェーブに顔だけ向けて、俺はそう言った。
 上官に向かって無礼もいいところだが、俺はまだ軍には復帰していない。別に構うことはないだろう。
 サウンドウェーブは、俺を見たが、何も言わずにそのまま隣に立った。
 任務でもなければ、基地を離れることのほとんどない、この忙しい男が、こんな所まで何をしに来たんだろう?
 俺は、バイザーとマスクに包まれたサウンドウェーブの横顔を見て、ふと思った。それから、湧きあがりかけた感傷を、努力して振り棄てた。
 だって、この感情は、俺のものじゃない――。

 再起動から一週間。俺は、いまだにレーザーウェーブの研究所に足止めをくらっている。しかも、昨日あたりまでは、うるさいくらいに見張りをつけられていた。
 再起動直後の俺の様子から、また衝動的に脱走だか自傷だかをやらかすんじゃないかとでも、思っていたのだろう。
 レーザーウェーブが心配しているのは、俺という個人じゃない。貴重な実験材料である俺を失うことだ。
 ――そういえば、サウンドウェーブも最初は、俺のことを観察させろとかなんとか言ってきたのだった。忘れかけていたそんなことまで思い出し、笑い出しそうになって、俺は下を向いた。
 なんだ。結局のところ、コイツらにとって俺は、ただの実験台なんじゃないか。用済みになれば、処分する。それだけの。
 そんなこと、分かりきっていたはずなのに、俺はいまさら何を期待していたんだ?
 いや、期待していたのは、本当に俺なのか?
 自分の感情の出所も、よく分からない。
 足下には、赤茶けた大地が広がっている。

「まあ……なぁ、ヒトのコトを好き勝手しやがって、とは正直思うけれどな。でも、サイバトロンならともかく、デストロンだからな。そんなこともあるんだろうなと、思ってたし……」

 それとも、なあ、サウンドウェーブ。
 アンタにとっても、ちぃっとでも意味があったのか?
 アンタの駆動音が回路に沁みつくくらい、アンタのそばにいた“アイツ”の存在は。
 そう――わざわざこんなところまで来る程度には。

「……この機体に戻ってからは、痛みはない」

 俺は、半分嘘をついた。
 たしかに幻肢痛はもうない。けれど、隣にいる群青の男のことを考えるたび、機体の中に別の“俺”の輪郭を感じる。ありもしない身体の記憶が、俺の内側で蠢く。
 苦しかった。

「俺は、“アイツ”の記憶を引き継いでる。アンタが触れた“アイツ”の機体の輪郭も、俺は感じる」

 サウンドウェーブは、何も言わない。
 俺は、ひとりで喋り続けた。言葉にすることで、このわだかまりもなくすことができるかもしれない。そう思いたかった。思い込もうとした。

「この感覚は、たぶんいつか消えるんだろうなとは思う。俺は、この身体で生きる。けれど、“アイツ”は俺だったし、俺の中に“アイツ”はいる」

 小さな小さな機体の輪郭を辿るこの熱の記憶も、俺のものだと、受け入れてしまえば、そうすれば、楽になれるのかもしれない。
 でも、だけど。
 そうしたら、アンタと俺は、何かが変わるのだろうか。
 変えられるのだろうか。

「……ソウカ」

 ひとこと呟いて、サウンドウェーブが俺の方を向いた。バイザーに隠されたアイセンサーが、俺を見つめる。サウンドウェーブの視線を受けながら、彼が俺に対してブレインスキャンをしかけてくれることを願った。
 俺は、口には出せない思いを、頭の中だけでサウンドウェーブに問いかけた。

 なあ、アンタ。聞こえてるか?
 俺の頭ン中の“アイツ”を、探してるのか?
 アンタは、俺をどうするつもりなんだ?
 俺は、アンタとどうしたいんだ?

 アンタが、答えを出してくれるのか?

 ――もういい。
 もう、どうでもいい。
 グチャグチャだ。

 風が、機体の表面を柔らかく撫でていく。
 穏やかな表情の下に、荒れ狂う嵐の本性を押し隠して。

「……嵐がくる」

 抱えきれない内圧で心が弾け飛ぶ前に、容赦ない力がこの身を打ち砕いてくれればいい、そう思った。
 ほんの少し強くなった風が、吹き抜けていった。
 機体に当たった砂粒が、サラサラと音を立てて落ちていった。








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