※TFコミックの、Hearts of Steel をベースにしています。
ディセプティコンたちが、数千万年ぶりの目覚めを海底で迎えたとき、ただ一機、サンダークラッカーだけが、再起動に失敗した。
囁いて、抱きしめて。望むなら、そのまま壊して。
原因は、スリープポッドの不具合だった。
あの冬の時代、ポッドを製作したのはショックウェーブだった。本来ならば、こうした事故が起こらないよう、可能な限りの対策を取るものだが、かなり慌ただしい入眠の際に用意された装置だっただけに、ひとつくらい不良品が出てもおかしくはなかった。むしろ、ショックウェーブだったからこそ、ひとつばかりですんだのだ、とも言えた。
ショックウェーブは、ディセプティコンの科学部門を一手に引き受ける貴重なトランスフォーマーだ。たかが一機の一般兵の再起動ごとき些細な問題で、処分するわけにもいかなかった。そんな思惑もあって、
「サンダークラッカーのヤツの運の悪さは、一種の才能だな」
メガトロン不在の今、代理の軍団長としてディセプティコンを率いるスタースクリームのこの一言で、責任の所在は不問に付された。
当のサンダークラッカーといえば、起動に失敗したとはいえ、実際には動くし喋る。プロセッサの機能が制限されているために、メモリを多く消費するタスクが起動できないだけだ。そのせいで、本来の能力の半分も発揮できていない状態ではあったが、平凡な日常を送るのであれば、問題のない程度の活動はできた。だが、ディセプティコンはオートボットと交戦中の軍団であり、サンダークラッカーはそこに所属する兵士だ。“平凡な”日常は、彼の存在意義からは程遠いところにあった。
冬眠以前のサンダークラッカーは、航空戦力としてディセプティコンの作戦行動の中心も担っていた。しかし、今のサンダークラッカーは飛ぶこともできない。それどころか、トランスフォームさえも満足にできない。飛べない航空兵など、無用の長物でしかない。
それでも、一機でも人員を必要としていたディセプティコンにとっては、飛べないシーカーのような“役立たず”でも、必要な労働力だった。自ずと、サンダークラッカーの任務は基地内の活動に限られることになった。内勤といえば聞こえは良いが、要するに基地内の雑用だ。戦闘機であるシーカーがする仕事ではなかった。
もうひとつ、飛べないこと以外にも、サンダークラッカーが基地から出ない理由があった。――オルトモードの更新ができないのだ。
仲間たちが、蒸気機関を利用したヴィークルをスキャンして次々に装甲の形状を変えていっても、サンダークラッカーだけは、太古の生命体を模した冬眠前の姿のままだった。べつに、オルトモードを更新をしたからといって、機能に違いが出るわけではない。ただ、今が戦時であり、ある程度の知能を有しているらしい、この惑星の有機生命体たちを欺く偽装が必要である以上、モードの更新ができないサンダークラッカーは基地外へ出ることができないし、軍団内でも浮いた存在になることは否めなかった。
そうしたサンダークラッカーをフォローしていたのが、同型機のスカイワープだった。
スカイワープとサンダークラッカーは、同じシーカーということもあり、もともと一緒に行動することが多かった。それに、気も合っていたのだろう。任務以外の場でも、二機がよく行動を共にしているのは、ディセプティコンでは周知のことだった。カラーリングだけが違う同型機が連れ立っている姿は、以前から良くも悪くもからかいの対象にもなっていたものだが、それだけに、この黒色機と水色機は、二機で一緒にいることが当たり前なのだと、自然に周りも思うようになっていた。
だから、再起動後の不調を抱えるサンダークラッカーに、スカイワープがあれこれと世話をやいているのも、誰も不自然だとは思わなかったし、彼らが寄り添っている姿も、いつもの光景として受け入れていた。
そのうち、基地内でサンダークラッカーの姿を見かけることが極端に減ってきても、周囲は、記憶回路に染みついた光景を、無意識に再生し続けた。
誰もが、自分の忙しさにかまけて、それに気づいていなかった。
気づかないふりをしていた。
***
その日、スタースクリームは、スカイワープを捜していた。
地上の臨時基地も、コンストラクティコンズの努力の甲斐あって、日に日に基地らしい様相を備えてきていた。
とはいえ、個々の居室などの設置までには、まだまだ手が回らない。そのため兵士たちは、それぞれに気のあった者同士で、基地内の適当な場所を占拠して、居場所としていた。スタースクリームは、そういった溜まり場をあちらこちらと見て廻り、やっと基地の片隅にある倉庫に、求める姿を見いだしたのだった。
半ば予想していたことだったが、黒色のシーカーは、一機ではなかった。彼は、薄暗い倉庫内で、ひっそりと水色の同型機を抱きしめていた。天窓から落ちる午後の光が、彼らの周りを漂う小さな埃をキラキラと輝かせていた。
「お前ら、いつもそうやってくっついてンのかよ」
「……」
スタースクリームの呆れた声に、スカイワープは沈黙で答えた。スタースクリームは、上官への礼を弁えない部下の名を、改めて呼んだ。
「スカイワープ」
スタースクリームが、この黒いシーカーを捜していたのは、彼の周辺から漏れ聞こえてきた噂の真偽を、直接本人に確かめるためだった。
「なんだ」
しぶしぶといった様子で返事をしたスカイワープに、スタースクリームは単刀直入に質した。
「お前が、サンダークラッカーのトランスフォームデータの書き換えをするつもりだと聞いた」
「……」
ふたたび沈黙。
普段は、五月蝿いほどに下らないことをまくし立てるこの男のだんまりが、危険の兆候であることをスタースクリームは知っていた。そして、それを宥めることができるのが、サンダークラッカーだけであるということも。
「本気か」
「……ああ」
「やめとけ。別に無理に再スキャンする必要はねェんだ。今のサンダークラッカーは、たとえ姿を変えたって飛べやしねェんだから。それに、てめェでスキャンできねェのを外から書き換えるのは、大きな負担が――」
言いかけて、スタースクリームは、スカイワープの黒い機体に包み込まれてるようにして、その腕の中にいるサンダークラッカーに目を落とした。彼は、自分を挟んで飛び交っているやりとりにも興味を示さない様子で、ひたすら大人しくスカイワープの腕の中に収まっている。スタースクリームは、その姿に違和感を抱いた。
シーカーは、すべて同一の規格で作られるから、基本的に皆同じ顔だ。とはいうものの、与えられたスパークの個性によって表情には微妙な違いが生まれた。スタースクリームの記憶にあるサンダークラッカーも、少しばかり日和った性格に相応しい、とらえどころのない表情をよく浮かべていたものだ。しかし、スタースクリームは、サンダークラッカーの中には、ある種の頑固さも同居していることも承知していた。こんなにもすべてが抜け落ちたような表情は、決して彼のものではなかったはずなのだ。
「……ソイツ、ワケ分かってンのか?」
「ほっとけよ」
スカイワープは唸るように答えた。
その声に反応したのか、サンダークラッカーが初めて身じろいだ。物問いたげに見上げた白い顔を、指の背で撫でながらスカイワープは言った。
「なんでもねェよ。安心しろ」
その言葉通りに安心したのか、頬を辿る指の感触が心地良いのか、サンダークラッカーは、アイセンサーの光量を落とし、スカイワープの手に自ら顔を擦り寄せるように頭を持ちあげた。そのあからさまな光景に、スタースクリームは思わず目を背け、大きく排気して頭を振った。
「いいか、ソイツが大事なら、馬鹿なことはやめるんだ。分かったな」
それだけ言うと、スタースクリームは、踵を返して、そそくさとその場を立ち去っていった。
スタースクリームの気配が消え、倉庫内には自分たち二機しかいないと確認してから、スカイワープはサンダークラッカーを、もう一度抱きしめた。
「……俺ァ、酷ェことしようとしてるんだろうな」
スタースクリームの言いたいことは、解っている。
自分がやろうとしていることは、今のサンダークラッカーにとっては、下手をすれば致命的なシステムダウンにも繋がりかねない危険な賭だ。一機でも労働力が惜しいスタースクリームにしてみたら、危険を伴う上に意味のない書き換えなど、百害ばかりあってただのひとつの利も生まない、といったところだろう。
解っている。
スタースクリームの考え方が、ディセプティコンの軍団長としてのエゴならば、自分のこれもエゴだ。それも、もっと残酷な。
自分は、かつてともに大空を翔けた彼を、この腕に閉じ籠めた。自分の助けがなければ生きていけないように“してしまった”。
彼を見舞った“不運”がなければ、とうてい手に入れられなかった今の状態に、歪んだ喜びを感じる。その一方で、今でも過去の彼の姿を、腕の中の姿に重ねてしまう。
昔と同じように、自分に語りかけてほしい。
微笑みかけてほしい。
自分と同じ姿でいてほしい。
「俺ァ、どうしても、お前に傍にいてほしいんだ」
ほとんど独り言のように、サンダークラッカの聴覚センサーに囁きかけると、スカイワープは、腕の中の機体を横抱きに抱え直し、その胸部装甲を指先で軽くノックした。
「胸、開けろよ」
「ん……」
サンダークラッカーは、疑問も抵抗も示さなかった。彼が胸部装甲のロックを解除する微かな音を聞きながら、スカイワープは、自らもプロペラを模した胸部装甲の下部からケーブルを引き出した。そして、顕わにされたサンダークラッカーの胸部接続口に、先端のプラグを押し込んだ。
「っふ、く……」
挿入の瞬間、サンダークラッカーは、異物感に息を詰めて顔を顰めた。それでも、やはり抵抗する素振りは見せない。
「――良い子だ」
スカイワープは、サンダークラッカーをゆっくりと抱きよせ、頭頂部にキスを落とした。サンダークラッカーが、細く排気しながら、スカイワープの名を呼んだ。
「スカイワープ……」
「クラッカー」
何かを求めるように伸ばされたサンダークラッカーの手を握り、スカイワープは呟いた。
「ごめんな」
***
スタースクリームが、ふたたび倉庫を訪れたとき、サンダークラッカーは、その片隅でただ一機、壁にもたれて座りこみ、ぼんやりと中空に視線を彷徨わせていた。
「サンダークラッカー」
スタースクリームが呼びかけると、サンダークラッカーは、気だるげに頭部だけを動かして声の主を見上げた。
「スタースクリーム」
スタースクリームは、座り込んだままのサンダークラッカーの全身に、さっと視線を走らせた。目の前の水色のシーカーは、スタースクリームと変わらない姿をしている。
あの日、スカイワープの説得に失敗して倉庫を後にして以来、スタースクリームはサンダークラッカーを見ていなかった。書き換え直後からの数日間は、ほぼフリーズ状態だったという報告だけは受けていたのだが、今、見る限りでは、スカイワープの無謀な行為は幸いにも成功したらしい。
「動けるようになったのか」
「まぁぼちぼちな」
「スカイワープのヤツ、無茶をしやがる」
「あァ、ヒューズがぶっ飛ぶどころか、死ぬかと思ったぜ」
足下に視線を落として苦笑しするサンダークラッカーの姿を見て、スタースクリームは、ずっと感じてきた自らの疑念に確信を持った。
その、あまりにも昔通りの受け答え。つまり――
「お前、どうやらブレインサーキットまでがイかれちまってるってわけじゃァ、ないみたいだな」
「イかれちゃいねェよ。処理に時間がかかるだけだ」
思った通りの答えが、サンダークラッカーから返ってきた。
「どいつもこいつも、俺のアタマまでやられちまったって、考えてるみたいだけどな」
「そうかい――じゃ、なんでスカイワープのヤツの好きにさせてる」
ブレインサーキットが正常に作動しているのなら、自らを危機に陥れるような行為を承諾はしないはずだ。それに、あの脱け殻のような姿。
スカイワープもサンダークラッカーも、スタースクリームの直属の部下だ。そして、同じ姿形を持った兄弟機だ。ずっと一緒にやってきた。自分よりはブレインの出来が良くないにしても、彼らの考えていることは、ほとんどお見通しだとスタースクリームは思ってきた。それが、今は分らない。見えない。
この二機に、何が起こっているのか。
「下手したら、今度こそホントに壊れてたかもしれねェんだぞ」
スタースクリームの言に、サンダークラッカーは、特になんの感慨もなさげに答えた。
「そうするしかないからさ」
「どういうことだ」
「お前がそう言ったんだろ、スタースクリーム」
「なんだと?」
思いもよらない返答に、スタースクリームの声が尖った。サンダークラッカーは、視線を落としたまま続けた。受け答えはしっかりしているのに、その様子は、やはりどこか気だるげだった。
「飛べねェ役立たずなら、別のことで役に立てって、お前がそう言ったんじゃねェか」
「ぁア?」
「スカイワープは、相変わらずお前の部下としてよく働いてる。そんでもって、ヤツは俺を……俺の世話を焼きたがってる」
その答えに、スタースクリームの顔が、にわかに険しくなった。
スカイワープの執着、そして、姿を見せなくなったサンダークラッカー――。数日前、ここで見た光景が、スタースクリームの脳裏に鮮明に再生される。
「――てめェ、アイツに一体何されてやがる」
「……アイツが何考えてンだか、俺にもさっぱり分からねェよ」
サンダークラッカーの平坦な声が、スタースクリームの苛立たせた。
「ふざけんなてめェ、だったらどうして、」
サンダークラッカーの顔が、再び上がった。首を傾げるようにして、白い顔がスタースクリームを見上げる。
「――どうして、だと? じゃァ、どうしろっていうんだ? 抵抗でもしろってか?」
「てめェもシーカーなら、そうすべきだろうが」
サンダークラッカーは、スタースクリームから目を逸らさず、アイセンサーを点滅させた。白いフェイスパーツの中で、口角がゆっくりと引き上がり、皮肉な笑みを形作った。
「スタースクリームよ、お前がそれを言うのか? 今の俺ァ、アタマはともかく、カラダのほうはろくに動かねェんだ。となりゃァ、アイツのやりたいようにさせるしかねェだろ。違うか?」
「サンダー……」
「そうするしかねェんだよ――」
そこまで言った時、ふと、サンダークラッカーの視線が、スタースクリームの背後へとずれた。そして、
「…………スカイワープ……」
と、この場にいないはずのシーカーの名を呟いた。
「え……」
スタースクリームの脇を、黒い翼がすり抜けていく。思わず固まったスタースクリームを振り返りもせず、スカイワープはサンダークラッカーの前に立った。
「サンダークラッカー」
サンダークラッカーは、スカイワープの呼びかけに、ゆるりと微笑んで手を差し伸べた。漆黒のシーカーは跪き、その手を取って掌に口づけると、そのまま腕を引いた。倒れこんできたサンダークラッカーの上半身を抱き寄せ、スタースクリームを見上げる。夕闇の迫る倉庫の中で、炯々と輝くオプティクスの赤光が、スタースクリームを射抜いた。
「何してた」
「なっ、テメっ……!」
黒い部下の態度には慣れているスタースクリームも、これはさすがに腹に据えかねた。
「てめェ、帰る早々その態度かよ。帰還報告はどうした。それから、この状況を俺にも解るようにきっちり説明しやが、、、」
「報告は、明日する。それでいいだろ」
「ッざけンな! てめェいったい何考えてやがる!!」
「スタースクリーム」
「――っ!」
次々に溢れだす上官の怒声を、スカイワープの声が遮った。性能の上では圧倒しているはずのスタースクリームを、たじろがせるほどに、静かに、危険に。
「頼む。――出て行ってくれねェか」
二対のアイセンサーが、スタースクリームを見上げていた。異質なものを見る目で。
薄暗闇に浮かぶ、ふたつの白い顔。自分と同じ造りのはずなのに、ずっと自分に従ってきた兄弟機なのに、まるで得体の知れない物のように思えた。
スタースクリームは、呻くように呟いた。
「――お前ら、いつから壊れていた」
二機のシーカーのどちらからも、答えは返ってこなかった。
「そうやって、壊れていくつもりなのか」
スタースクリームは、あの日と同じように深く排気すると、黙って踵を返した。
外に出たところで振り返る。
夜の帳が落ちかかる空に、幽かに生き残った太陽の光は、もう建物の内部には届かない。
より濃い闇に塗り潰されつつある倉庫の中で、サンダークラッカーの青い塗装が、一瞬、光を返した。
だが次の瞬間、それは漆黒に包まれ、スタースクリームの視界から消えた。
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