※最後にくっついてるのは、このオハナシのベースになってる、ツイッターでの140字ssです。





 俺が、自分の機体を経済的価値と交換できるんだと初めて知ったのは、まだ路上で生きてる頃だった。
 ゴミ溜めみたいな薄暗い路地のどん詰まりで、壁に押しつけられて、身体中をまさぐられたよ。俺を触ってるヤツの機体が後ろからのしかかってきて、馬鹿みたいに熱くて荒い排気が、頸部パーツの隙間に吹きかけられて。気持ち悪くて全身が震えた。吐きそうだった。吐くモノなんて、これっぽっちもなかったけれどな。
 抵抗なんて、できなかった。抵抗するほどのエネルギーがなかった、ってのもあるが、それよりなにより、怖かった。怖くて動けなかったんだ。意外か? 意外だろうな。でも、俺にも、そんな頃があったんだよ。
 で、ソイツは好きなだけ弄くって満足したら、俺にエネルゴンドリンクをひとつ投げてよこして、さっさとどっかに行っちまった。エネルゴンったって、混ざりもンばかりの安物の粗悪品さ。――もちろん、飲んだ。意地だの誇りだの言ってる場合じゃなかった。それを飲まなきゃ、俺はそのまま飢え死にしたんだ。
 悔しかったさ。情けなかった。でも、そんなことを感じたのは、最初だけだ。それから先はもう、何を思ったかなんて、いちいち覚えていない。だって俺には、自分の機体しかなかったんだから。それがエネルギーを得るために使える手段であるならば、利用するしかなかった。
 ……それでも、初めてのが触るだけで満足するような“おとなしい”ヤツで、まだラッキーだったよ俺は。腕や脚を一本一本破壊しては、その悲鳴を聞きながら犯すのが大好きって変態も、いないではなかったからな。いきなりそんなのに出くわしてたら、俺は今ここにいなかっただろうな。まあ、なんにしても、市民IDを持たない路上の俺たちは、そういう連中にとっては格好の玩具だったんだ。





昔の話






「――嫌か? こんな話」

 ドリフトが話を中断した。
 私は、ベンチに腰掛けた姿勢で顔だけを上げて、正面にいる彼を見た。
 壁にもたれて立ったままのドリフトが、私に微笑みかける。精悍な顔立ち。ふとした瞬間、目元に生まれる曲線。彼特有の笑顔。私は、その顔が好きだ。いや、正しくは、私は彼のことが好きなのだ、と、最近ブラーに教えられた。
 私は、剣術遣いであるドリフトとコンビを組むスナイパーだ。スナイパーは、命中の精度を保つためにスパークを揺らしてはならない。私は、この「好き」という事実が宙ぶらりんになることで、自らのスナイパーとしての働きが鈍ることを危惧した。私の稼働率が低下すれば、バディである彼が危険に晒される率が、それだけ高まる。それは許されないことだ。だから私は、この想いを彼にぶつけたのだ。「私は君のことが好きらしい。君はどうなのだ」と。受け入れられるにせよ、拒否されるにせよ、私のスパークには一応の決着がつく。そうすれば、私は再びスナイパーとしての任務に集中できるのだ。
 結論は簡単に出るだろうと考えていた私は、しかし、すぐに自分の間違いを知らされることになった。ドリフトは、問いを投げつけた私の顔をじっと見て、それから静かに言った。「昔話を聞いてくれないか」と。そして、私は聞かされたのだ。彼の過去を。

「大丈夫か? 倒れそうな顔してるぞ?」

 大丈夫などではなかった。実際、気分が悪くて仕方なかった。
 なぜ? 過去の彼の行いが受け入れられないのか? それとも彼に嫌悪感を抱いた自分への罪悪感なのか?
 私を気遣うドリフトの口調は、親切で落ち着いた、いつも通りのものだ。だが、分かっている。彼は、こうして、この話を切り上げるつもりなのだ。そうして、彼の過去を受け入れなかった私を、優しく拒絶し、遠ざけるつもりなのだ。そんな目論見に、まんまと嵌まるわけにはいかない。私は答えた。

「大丈夫だ。続けてくれ」
「アンタ、やっぱり強情だな」

 ドリフトはそう言うと、軽く声を立てて笑った。
 何が面白い。アイセンサーを剣呑に光らせて睨みつけると、ドリフトは、笑いの気配を含んだままの声で言った。

「悪い悪い……じゃあ続けるぞ。我慢できなくなったら、すぐに言ってくれ」

 私は頷くと、奥歯を噛み締めて、彼の顔を見つめた。




***





 ――そんな暮らしのなかでガスケットと出会って……彼が死んで、それからディセプティコンに入って……ってあたりは、アンタも知ってるな。そうしてる間もずっと、俺は自分の機体を交換条件にして見返りを得る行為を続けてた。
 ああ、ディセップでもだ。アソコは力が全てだからな。力のあるヤツと関係を持ってるほうが、幅をきかせられるんだ。俺は、ターモイルに気に入られてたし、アイツはコンズにしてはノーマルなほうだったし、正直いって居心地は悪くはなかった。まあ、結局のところは、そのディセップも飛び出したんだけれどな。
 そして――そう、俺はウィングと出会った。クリスタルシティで彼と過ごした期間は短かったが、俺は、あそこで生まれ変わったんだ。ウィングは、それまで俺の生きてきた世界での常識を、すべて覆した。鬱憤を晴らすためだけに暴発させていた力の、そうじゃない使い方を教えてくれたのは彼だ。誰かの為に生きることを教えてくれたのも彼だ。無償の信頼を教えてくれたのも、彼だ。彼は、慈しみ触れあうことを教えてくれた。俺は、あそこで初めて、自分の機体を見返りを得るための道具として使わずに過ごせたんだ。彼が、俺に――

「もういいっ! もう充分だ!」

 私は、思わず叫んで立ち上がった。声が、みっともなく裏返った。ひどい眩暈がした。薄暗くなった視界の裏側で、ドリフトの傍らに見知らぬ騎士が寄り添っていた。騎士の手が、ドリフトの純白の機体に触れる。安心しきったように身体を預けたドリフトが、満ち足りた表情を見せて、そして。
 私は、なんという想像を――!!
 アイセンサーを閉じて、激しく首を振った。どうにかして幻影を追い払ってしまいたかった。

「君は、いったい何が言いたいんだ?!」

 私は、ほとんど喚き声で言った。

「君にとって、ウィングが特別な存在だということは知っている! 彼のことが忘れられないというのも! それで私の想いを受け入れられないというのなら、はっきりそう言えばいいだろう?!」
「そうじゃない。パーセプター」
「何が違うと言うんだ!」
「パーセプター」

 彼は、いきり立つ私の名を呼んだ。宥めるでもなく、諌めるでもなく、ただ静かに。
 私は、深く排気をして黙るしかなかった。

「違うんだ。すまない。俺の話し方が悪かったようだ」
「何が違うと言うんだ……」

 私は、同じ言葉を繰り返した。まるでそれしか言葉を知らないみたいだな、と思いつつ。

「俺も、アンタのことが好きだ。だから、アンタが俺を好いてくれてると知って、俺はとても嬉しい」
「それならなぜ、こんなことを」
「パーセプター。どうか聞いてくれ。ウィングは俺に教えてくれた。好きになって、共にいたいと願った相手には、触れたいと思うのが自然だ、と。俺はウィングと一緒にいたかった。彼は、俺が触れることを許してくれたし、ウィングも俺に触れてくれた」
「でも、彼はもういない」

 私は、吐き捨てるように言った。

「そう。もういない」

 今度は、ドリフトが私の言葉を繰り返した。彼は、胸の前で組んでいた腕を解き、両の掌に視線を落として言った。

「……だから、俺には分からないんだ。ウィングは強かった。俺の迷いなんか押し流すほど。数々の間違いを犯してきたこの手が触れても、彼なら大丈夫だと思ってた。だけど」

 そこまで言って、ドリフトは顔を上げた。

「アンタは、俺に触れたいか?」
「な……っ!」

 あまりにも直球な質問に、とっさに返す言葉が出てこない。

「俺は、アンタを抱くこともアンタに抱かれることも、アンタが望むならば、そのとおりにできる。問題なく反応もするだろう。俺は、そんなヤツだ。でも、俺はアンタに触れていいのか? 俺の迷いが、アンタを傷つけるんじゃないか? アンタを大切に思うのなら、俺はむしろ触れてはならないんじゃないのか?」

 大切な誰かを喪うのは、もうイヤなんだ。俺が触れることで、アンタを傷つけるのなら。ウィングのように、この手からアンタが零れ落ちていくのを見るくらいなら――

 澄んだ青い光を湛えたドリフトのアイセンサーが、揺れる内心を表すかのように少し光量を落とした。

「……」

 さっきまでのうろたえた気持ちがウソのように消え、私は黙って彼に歩み寄った。後一歩進めば、お互いの装甲が接触してしまう距離まで。
 卓越した戦闘力を持つこの剣術遣いが、達観しきった表情の下で独り途方にくれていたのかと思うと、哀れだった。
 でも、

「パーセプター……」
「――馬鹿にしないで貰いたいね」

 お互いが悲劇に耽溺するような気休めなら、いくらでも言える。
 ドリフト。君が欲しいのは、それなのか? ――私は、そんなものは欲しくない。

「君の苦しみは、君にしか背負うことはできない。それは確かだ」

 壁際に追い込まれたドリフトは、のけぞるようにして私から距離を取っている。懐に入りこまれた困惑の表情を見ながら、ターモイルの船で初めて彼と出会った時のことを思い出して、おかしくなった。
 あの頃の私と、今の私とは違うが……たしかあの時も、彼はこんな顔をしていた。
 状況にそぐわない回顧。おそらく私も、これから自分のやろうとしていることに、緊張しているのだろう。それでも。

「そして私が触れることが、更なる君の苦しみになるというのなら――」

 右手を挙げて彼に近づける。僅かな躊躇が過った。
 彼の過去に対する躊躇い? いいや。私は、現在の彼に触れるのだ。

「私は、敢えて、その暴力を振るおう」

 私は、ドリフトの胸部装甲に掌を押し当てた。
 美しい、純白の装甲。この奥に、彼のスパークが息づいている。

「君は、ウィングだけを後生大事にとっておいて、私のことは通りすがりその他大勢として、安全に消去するつもりなのかね? そんなのはまっぴら御免だ。ウィングとの思い出が、抜けない棘として君のスパークに刺さっているならば、私も、君のスパークに消えない傷をつけてやろう」

 胸に突いた右手に機体重をかけて、ドリフトに寄りかかる。壁と私に挟まれたドリフトが、苦しげに身じろいだ。

「……覚悟したまえ。私は、とても利己的なんだ」

 ドリフトの聴覚センサーに、顔を寄せて囁く。掌の下で、彼の機体がビクリと慄いた。

「……アンタ、恐い人だな」

 ドリフトは、ため息をつきながら言った。

「そうだ」

 私は、彼の胸に頭部を凭せかけながら、答えた。

「それに、やっぱり強情だ」

 彼の声が、お互いに接触したところから私の内部に響いてくる。
 私に添えようとしたのか、ドリフトの手が持ち上げられるのが、アイセンサーの端に映った。だが結局、その手は私に廻されることなく、下ろされた。

「……そうだ」

 私は、彼の駆動音を聞きながら、アイセンサーを閉じた。




***





【初恋】
ドリフトを見ると気分が悪くなる。流石に本人には言えない。だが彼は敏いからな。いつもさり気なく私の視界から消えるんだ。でも、そうされると却って…吐きそうになるんだ。彼は命の恩人なのに私は−。思いつめた様子の同僚に、ブラーは呆れ顔で宣告した。「パーシー、君は恋をしてるんだよ。彼にね」








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