Blindfold






 視界が一瞬で闇に包まれた。

「口ほどにもないな、ディセプティコン」

 聴覚センサーのすぐ後ろで、テノールの声が囁いた。
 声の主の、いつでも微笑を含んでいるような口元を思い出すと、余計に腹が立つ。苛立ちを、そのまま言葉にして吐き出した。

「うるせェ! 俺はドリフトだ。ディセプティコンって呼ぶな!」

 何が起こっているのかは、分かっている。
 俺の背後を取ったウィングが、頭の後ろから廻した片手をオプティックスに覆い被せて、視界を奪っているのだ。要するに、目隠しだ。
 どうして、こんなことになっているのかも、よく分かっている。原因は自分だ。
 例の、格闘訓練なんだか禅問答なんだかよく判らない手合わせで、いつものごとく、ウィングにコテンパンにやられた俺が、悔し紛れに言ったのだ。
 お前を殴ることはできなくても、お前の攻撃を避けるのだったらわけはない、と。
 できるような気がしたのだ。
 初めてウィングと出会ったときも、背後から近づいてきた彼の気配を感じて先制した。だから、いけると思ったのだ。なのに。
 ニヤニヤしながら俺の言葉を聞いていたウィングが、急に消えたと思ったら、このザマだ。チクショウ。この性悪の騎士は、俺のプライドを片っ端からへし折ってくことに、生き甲斐でも感じていやがるのか。

「放しやがれ! 俺はまだやるとは言っちゃいねェ! いきなりはズリィだろうが!」

 ここで何を言っても、負け惜しみにしかならないことも、分かっている。でも、俺の背後で、ウィングがまたあの笑みを浮かべているのだとうと思うと、素直に負けを認める気にはならなかった。
 顔にかかっている手をどかそうと、ウィングの腕に手をかけて引っ張る。それほどパワーがありそうな機体でもないのに、力のかけ方と角度にコツでもあるのだろうか、ウィングの手はびくともせず、俺の視界を閉ざしたままだ。

「やれやれ。威勢が良いのは、いいことだがね」

 相変わらず余裕綽々の声が俺の聴覚センサーに届いたところで、急に気がついた。
 ちょっと待て。ずいぶん声が近い。
 体格差があまりない俺を抑えるために、ウィングが後ろから俺に機体を密着させているのは分かっていたが、それにしても必要以上の接近だ。俺は、そこでやっと、彼が目隠し以上の何かをするつもりなのだ、と悟った。

「くっそ、汚ねェぞ!」
「汚いだのズルイだのと……ディセプティコンが、ずいぶん紳士的なことだな」

 囁かれるウィングの声が、少し低くなった。
 同時に、顎が反るほどに、顔にかかる力が強められた。

「っぐ……!」

 とっさに背を丸めるようにして力を込めたが、遅かった。ウィングは、後ろから突き上げた胸部に俺を乗せるようにして体勢を反らさせると、俺の前面の急所を丸だしにしてしまった。反りかえった姿勢では、抵抗など出来るはずもない。ウィングは、そのまま俺を殺そうと思えば、いくらでも殺せた。頚部を通る中枢回路を砕こうが、胸部装甲の隙間からスパークチェンバーをえぐろうが、俺は、抵抗らしい抵抗すらできずに死ぬだろう。
 手合わせの前にはずした武器類は、まだお互い身につけてはいなかった。だが、そんなことは、なんの慰めにもならない。この騎士は、武器などなくても、おそらくその体術だけで俺の息の根を止めることができるのだから。
 奴隷商人たちの襲撃から、わざわざ助け出した俺を殺しはしないだろう、などとは思えなかった。
 戦闘訓練のようなことまでする酔狂なヤツだから、冗談で済ませてくれるだろう、などという期待も持てなかった。
 俺は、クリスタルシティーの騎士たちに、たいがい疎まれている。彼らは、機会さえあれば、俺を抹殺してしまいたいくらいには思っているだろう。ウィングも、その騎士の一員なのだから、これを機に厄介払いしてしまおうとしないとも限らない。いや、俺ならそうする。俺は棒立ちになったまま、その時を待つしかなかった。

「――戦場でも君は言うのかい? 待ってくれ、殺さないでくれ、俺は、まだやるとは言ってない。いや……そう懇願した者たちを、君は殺し続けてきたのではなかったか?」
「くそ……殺すなら、さっさと殺せよ」
「生き汚いディセプティコン。君の望みを叶えてやるほど、私は優しくはないよ」

 ウィングは、くつくつと笑いながら言うと、空いているほうの手を、俺の喉にかけた。

「……!!」

 喉を潰されるのか、と身を強張らせたが、想像したような激痛は襲ってこなかった。ウィングは、喉から頸の脇まで掌を滑らせ、急所のひとつでもある頚部の輸液用のチューブを、指でなぞりながら囁き続けた。

「あっさり殺してやるつもりもない。かと言って、今すぐ自由にしてやれるわけでもない……さてと? 私は君をどうしてやろうか?」
「?! ウッ」

 指先にグッと力を入れられ、頭部へのオイル圧が変化する。視界を奪われているにもかかわらず、眩暈が襲った。

「……チクショウ、嬲るつもりかよ……クソ野郎が!」

 ふらつく機体を、必死に立て直して罵ったところで、視界が急に開けた。ウィングが手を退けたのだ。頸に巻きついていた手が離れ、背中を軽く押されて前に出る。急に自由になった機体が動きについてこず、俺は、たたらを踏みながら後ろに向き直った。
 後ろでは、ウィングが例のニヤニヤ笑いを浮かべて、こちらを見ていた。

「なんだよ急に!」
「生意気なディセプティコンへのお仕置きは終わりさ。懲りたかい?」
「お仕お……っ! テメェッ!!」

 ウィングは、俺の怒鳴り声などまるで気にしていない風で、あはは、と笑って言った。

「そんな顔をするものじゃないよ、ドリフト。私だって狩る者だ。聖人君子じゃない」
「はァ?!」

 今日のコイツの言い草は、いつもの禅問答よりも性質が悪い。さっぱり分からない。

「そんな顔って、どんな顔だよ?!」
「聞きたいかい?」

 ウィングは、ニヤリと笑うと、その唇の前に右手の人差し指を立てて、片方のアイセンサーだけを閉じてみせるという、器用な芸当を見せた。

「……イジメタクナル顔、だ」
「はあぁ?!」
「君が、ディセプティコンの幹部連中に気に入られていたようだというのも、分かる気がするね。これからもよろしくな、ディセプティコン」

 何が楽しいのか知らないが、愉快そうにそう宣言すると、ウィングは床から己の刀剣類を取り上げて、部屋から出て行った。

「なんなんだ、アイツ……」

 取り残された俺は、そう呟くしかなかった。








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