※ あいみーさんの、プロスタ政略結婚(笑)設定をお借りしました。
※ 初代ベースだけど、プロールさんの性格はアメコミ寄りです。
※ タイトルは、内容にまったく関係ありません。






てんとう虫のお嫁サンバ






 サイバトロンとデストロンの休戦協定の証として、――正直なところ、そう思っているのは両軍を通じてコンボイただ一人だけだ――デストロン航空参謀のスタースクリームが、サイバトロンの戦略家プロールのもとに“嫁入り”して、しばらく経った。
 スタースクリームは、今日も今日とて執務机に向かうプロールへの構って攻撃に、余念がない。
 スタースクリームとて、別にしたくてしているわけではない。だが、この顛末が「和平協定」だなどと、ひとっ欠片も思っていない彼の“伴侶”は、スタースクリームが“嫁入り”した瞬間から、その私室から出ることを一切禁じたのだ。そんなわけだから、サイバトロン内部からの撹乱をメガトロンから命じられていたスタースクリームは、必然的に矛先をプロールに向けるしかなかったのだ。
 執務机に向かうプロールのすぐ横で、行儀悪くも机上に腰かけた状態でプロールに話しかける。机上に置かれた腕に、わざとらしく腰を触れさせているのは、ただの嫌がらせだ。

「なー、なぁヨォ、なんかやることねぇ?」
「ない。与えるつもりもない。我らが司令官が、この事態の不毛さに気づかれるまで、君はここで大人しくしていたまえ」
「はっ! アンタも言うねェ」

 スタースクリームは、鼻先で笑いながらそう言うと、背を反らせるようにして、机に手を衝いた。戦闘機の主翼が天井からの照明を遮り、机上に大きな影を落とす。

「いい加減に退いてくれないか」

 翼の影に手元を覆われたプロールが、スタースクリームを見上げて言った。
 執務机は、天板がタッチパネルになっている。本来は、さまざまなデータ処理を直接行うことができるそこは、今や、トリコロールのジェットロンが、我が物顔に占拠していた。

「仕事にならない」
「嘘つけ。俺の前で仕事するつもりなんか、これっぽっちも無いくせによ」

 こちらを見もせずに、即座に返してきたスタースクリームの言葉に、プロールは、思わず、その冷たく整ったフェイスパーツを顰めた。
 確かに、仕事をするつもりなどなかった。そもそも、仮にもデストロンの航空参謀の肩書を持つ者の前で、サイバトロンの戦略家たる自分ができる仕事はない。サイバトロンの機密を、みすみす暴露するような真似など、できようはずがないからだ。ただ、わざとらしく絡んでくるジェットロンを、自分から引き離したかっただけなのだ。
 スタースクリームは、言葉の裏に隠したそうした本音を、鋭く読み取って的確に突いてくる。スタースクリームを“娶って”以来、プロールは、彼とのこうした攻防を、何度も繰り返していた。この性悪ジェットロンは、常に愚かしい行動をとるが、頭が空なわけではないのだ。

「……そういや、この基地には、スカイファイアーのヤツがいんじゃね?」

 スタースクリームは、プロールの心中などさっぱり気にもしていない様子で、天井を眺めたままで、脚をプラプラさせながら言った。
 まったくもって、ジェットロンとは気紛れな生き物だ。プロールは、ますます苦い顔をした。それとも、この移り気は、彼特有のものなのか。こちらがこれだけ、迷惑だ、という雰囲気を醸し出しているのに、そして彼も、その気配を間違いなく感じ取っているはずなのに、自分のペースを崩さない。このマイペースさが、彼をデストロンのナンバーツーにまで押し上げた要因なのだろうか。
 プロールは、自分の横にあるスタースクリームの白い大腿を、机についていた肘で小突いた。

「ンだよ」

 スタースクリームの顔が起き直り、サイバトロンとは異なる赤いアイセンサーが、プロールに向けられる。

「脚をブラブラさせるな。行儀の悪い」
「ケッ!」

 それだけ言うとジェットロンの顔は、またキャノピー向こう側に消えた。反らされた頚部の、ケーブルの張り詰めた部分が、照明を受けて白く光った。

「あーあ、つまんねーな」

 ぶつくさ言う声だけが聞こえる。
 プロールは、ふと、スタースクリームの脚が大人しくなったことに気づいて、思わず笑いそうになった。
 態度のわりに、可愛いところがあるではないか。素直に言うことを聞く“伴侶”には、ご褒美を与えねばなるまい。

「――会いたいか?」
「ァあ?」

 スタースクリームの顔が再び起き直った。

「スカイファイアーにだ。会いたいのか?」

 プロールは、肘を衝いたままで、心持ち上目使いにスタースクリームの顔を見た。その視界の中で、ブラックメタルの整った顔が、複雑な表情を浮かべる。

「あー、いや……まぁ、会いたいっつーか、そんなんじゃねぇんだけどよ……」
「そうか」

 言葉とは裏腹に、照れたような表情を浮かべたスタースクリームを眺めながら、プロールは、組んだ両手の下に顔の下半分を隠し、そして言った。

「……残念ながら、君をスカイファイアーに会わせることはできない」

 その言葉に、目の前のジェットロンの顔に、みるみるうちに絶望の色が広がる。

「君は危険だ、スタースクリーム。ジェットロンで、デストロンの航空参謀。そして、救いようのない裏切り病ときてる」

 そこまで言うと、プロールは立ちあがり、机上に腰かけるスタースクリームの大腿を抱え込むように、机に手を衝いた。そのまま上体を傾けて、スタースクリームの上半身に覆い被さるようにして、その動きを封じ込める。 「ちょ、オイ! なにすんだよ……!」  スタースクリームがこの状況から脱したいのならば、プロールを蹴り飛ばすか、背後にさらに倒れて、迫る相手から距離を取ればよい。
 しかし、政治的思惑が彼をここに縛りつけている以上、前者の解決策は取れまい。では後者は? ――スタースクリームは小心者だ。この状況で、好きでもない相手に対しての、まるで“誘う”かのような行動も、彼には到底取ることのできない選択だろう。
 不安定な姿勢のままで、どうしようもなく身を竦めるデストロンの顎を、プロールは片手で掴み、その赤いオプティックを自分に向けさせた。

「その上、誠に遺憾ながら、今の君は私の“伴侶”だ」
「……っ」

 強ばるブラックメタルの顔に、わざとらしくゆっくりと顔を近づけ、聴覚センサーに囁きを吹き込む。プロールの腕の中で、スタースクリームの機体が、微かに震えた。
 聴覚センサーは、彼の弱点らしい。そう知って、プロールは、ほくそえんだ。が、今はこれ以上、スタースクリームを追い詰める気はなかった。
 ――まあ、ちょっとした仕返しにはなっただろう。

「そんな君を、そう易々と他の“男”に近づけるわけにはいくまい?」

 それだけ言うと、プロールは上体を起こして、スタースクリームを解放した。
 プロールが離れたとたん、スタースクリームは、威勢を取り戻してギャンギャン吠えだした。

「てめェ、っとにやなヤツだな! 会わせる気がないなら、最初ッからそう言いやがれ!」
「素直にお行儀を改めたご褒美だ。少しの間は、退屈が紛れただろう?」
「ッざけやがって……! てめェ、覚えてろよ!」
「こちらこそ、私が充分に紳士であったと、君に覚えていてもらいたいものだよ」
「誰がだ!」

 スタースクリームは、腰を掛けたままでは足りなかったのか、机から降りてまでプロールに詰め寄っていたが、急に黙ると、向きを変えて執務室に備え付けられた――デストロンの問題児から、一瞬たりとも目を離さないために、プロールは、文字通り彼と寝食を共にしているのだ――ベッドへ向かった。

「どこへ行く」
「疲れたから寝るんだよ!」

 疲れたと言ったのは、嘘ではなかったらしい。スタースクリームは、ベッドに横になるなりスリープモードに入ってしまった。敵陣のど真ん中で大した度胸だと驚嘆すべきだろうが、彼は、ここにやって来たその日から、この調子なのだ。プロールも、いい加減に慣れてしまった。
 アイセンサーの光を落として、口を半開きにして眠るジェットロンの寝顔を眺めながら、プロールは声にすることなく、ブレインの中だけで呟いた。

 スカイファイアー、君が彼に惹かれた理由が、少しだけ分かったような気がするよ――。

 何かを企てているときのずる賢い顔。わがまま放題を言うときの得意気な顔。昔の友人のことを話すときの嬉しげな、すこし悲しそうな顔。コロコロと機嫌の変わる、このジェットロンの新しい表情を、今日も見てしまった。

「本当に……少しは、私の忍耐力に感謝してもらいたいものだがね……」

 今度は、口に出してそう呟くと、プロールは、先程の騒ぎで机から遠くへと弾き飛ばされてしまった椅子を引き戻してきて、静かに腰を下ろした。








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