※ サンクラが、相変わらず薄暗いのでご注意。






 次の出撃に備えてメインゲートへ向かっていたら、数日間行方不明だったスカイワープが回収された、と通信が入ってきた。収容先は、緊急搬送用のサブゲートに隣接したリペアルーム。
 リペアルームに収容された、ということは、生きている、ということだ。俺は、そんなことをうっすらと考えながら、その場で回れ右をして、今まで歩いて来た通路に足を踏み出した。





Eyes on you.





 リペアルームの手前で、アストロトレインと行き違った。スカイワープを回収してきたのは、この輸送参謀だ。帰投したついでにスカイワープをリペアルームに放り込んできたのだろう。仮にも参謀職にある者が、ただの親切心でわざわざそこまで負傷兵につきそっていくはずはない。リペアルームへの収容までが、アストロトレインの任務だったのだ。これから、メインルームのメガトロンに経過を報告に行くところなのだろう。
 紫と灰色の大型機は、近づく俺の顔を見て言った。

「“ダンナ”がお待ちかねだぜ」

 俺は、ニヤニヤしているアストロトレインに、じろりと横目をくれてやっただけで黙ってすれ違った。視界の隅に、煤けた灰色の肩が竦められるのが映る。
 このテのからかいはディセプティコンでは日常茶飯事だ。面倒だから、俺はいちいち相手にしない。アストロのヤツとは、わりにつきあいが長くなるから、こんなふうに無視しても気にしてないようだけれど、そうじゃないヤツらの中には、ネチネチとしつこく絡んでくるのもいる。曰わく、「親衛隊だとかなんとか、お高くとまりやがって」「澄ましてんじゃねェよ。ジェットロンなんて、所詮メガトロンのお人形なんだろ?」「お前ら、同じ顔同士でヤッてるとかいうウワサ、マジ? 気色悪ィ」……くだらない。俺とスカイワープ。同じ顔が並んでるのが、そんなに気に入らないっていうのなら、ほっときゃいいんだ。なんでわざわざ絡んでくるんだ。



 同じ型に同じ顔。それは、俺たちジェッツにはかならずついて回る評判だ。陰口ともいうが。
 他星系の連中には、そもそもサイバトロニアンの顔は皆同じに見えるようだが、じつは、俺たちみたいに、全く同じシルエットと顔を持つ同型機というのは、サイバトロンでも珍しい。たとえば、同時期に換装され、「兄弟」

と呼ばれるような関係性にあるような機体であっても、その造型には必ず違いがあるのだ。そして、他星のヤツらには同じにしか見えないような、そうしたごく僅かな差異でも、サイバトロニアン同士ならば確実に見分ける。
 なぜなら、よく似ていても確実に違う――替えのきかないオンリーワンであること――それが、もともとは“道具”として作り出されたサイバトロニアンの、なけなしのプライドだからだ。だから、量産を企図して同じ型で作られた俺らみたいなのは、連中にとっては、珍しい見せ物であるのと同時に、道具でしかなかったかつてを思い出させる存在として、本能的に嫌悪するのだ。
 ……とかなんとか、いつだったかショックウェーブが言っていた。
 それがアイツらの真実なのかどうかは知らない。どうでもいい。
 だって、そうだろ。
 もしか、ショックウェーブの言う通りだったとして、じゃあ、俺たちを見る目の、いったい何が変わるっていうんだ?
 だいたい、そんな“真実”なんて、全然本当じゃないのに。



 リペアルームに入る。室内に並べられたリペア台の奥から二番目に、見慣れた黒と紫が横たわっているのが見えた。俺の後ろで扉が閉まる。仰臥していたスカイワープが、頭だけを起こし、オプティックを縁取るフレームを微かに眇めた。

「……誰でぇ?」

「俺だ」

「おう。サンダークラッカーか」

 俺を認識したとたんに、不審気に顰められていた顔が晴れる。俺は、リペア台の間に歩を進めた。スカイワープは、近づく俺を追うように首を擡げていたが、俺が傍らに立つと、ぽすん、と頭部を寝台に落とし、俺に笑いかけた、つもり、だったらしい。
 スカイワープの視線は、俺の顔から微妙に外れ、肩を越えた後ろの空間に向けられていた。

「目、見えねェのか」

 通常より光量が少ないスカイワープのオプティックを見下ろしながら訊ねると、彼は苦笑した。

「ああ。ザマぁねーや。モノは壊れてないんだがな、信号がブレインまで来ねェんだ。どっかの接触がズレたんだろうなぁ。結構ひどく弾かれたから」
「ワープをしくじったのか」
「しくじったっつーか、想定外だったっつーか……。跳んだ先に、事前の情報になかった壁があったンだよ。それがまぁ、ずいぶん頑丈なしろもンでな。たいがいひでぇ目に遭ったぜ」

 言葉ほどにはそう思ってないような顔で、スカイワープは笑った。
 俺は、スカイワープの全身に目を走らせた。外部装甲に大きな破損は見られない。損傷は、どうやら内部に集中しているようだった。

「目と、他は」
「はン?」
「不具合だよ。目だけじゃねェだろ。他にどこが壊れた」
「あー……測位システムも起動できねェ」
「それで迷子か」
「るせェよ」

 要するに、侵入先の障害物に弾き飛ばされ、シャットダウン状態で何処ともしれない場所で実体化した、ということらしい。再起動してみれば、目が見えない上に現在地も分からない。ワープを使って帰還しようにも、跳ぶべき座標も割り出せない。そんな状態では、いかにスカイワープでも為すすべがなかったわけだ。発信した救難信号を、オートボットどもに感知されなくてラッキーだったと言うべきだろう。
 そして、スカイワープの救難信号が拾われるまでの数日間、基地側では何が起こっていたか、俺は知っている。
 メガトロンの命令のもと、メインルームでは端末を一台使って、サウンドウェーブがスカイワープの行方を追っていた。飛べる連中は、目視捜索を命じられた。俺も、何度か飛んだ。  たとえば、俺がどこかで撃墜されて動けなくなったとしても、捜索はおろか、収容だってしてもらえるかどうかも怪しい。救難信号なんて、おそらく無意味だ。誰も、とりあってはくれない。運良く誰かの手を借りることができれば別だが、自力で帰還できなければ、その時点で切り捨てられる。
 なぜなら、俺の替えならば、いくらでもあるからだ。俺がいなくても、ディセプティコンの活動に支障は出ない。
 スカイワープは、違う。



 次元跳躍能力――それが、スカイワープを唯一無二の存在とする能力、スカイワープがメガトロンから受ける寵愛のほとんどすべての理由だ。
 ワープ現象自体は、サイバトロンの技術力では、すでに再現に成功している。ただし、それは大規模な装置を使えば、という意味だ。たとえば、スペースゲートなどの転送装置を使って、サイバトロニアン一体分の質量をワープさせる場合、それに必要なエネルギーを人工的に発生させようとしたら、本来ならば、最低でもフリゲートに搭載されている規模のジェネレーターが必要だと言われている。
 ところがスカイワープは、それをたった一個体でやってのけるのだ。そんなことができるのは、サイバトロン中でも、今のところスカイワープだけだ。
 けれど、そのワープ能力にも、致命的な弱点がある。
 今回のように、跳躍先の目標地点に障害物があった場合は、実体化できずに弾き飛ばされる。弾き飛ばされるだけならいい。運悪く、障害物と融合してしまったら――核レベルでの融合が、膨大なエネルギーを生み出して――ドカン! だ。爆発は、有機生命体どもが作る都市一つくらいなら、軽く吹き飛ばすだろう。
 スカイワープか? そんなの蒸発しちまって塵さえ残りゃしねェさ。当然だろ。(ちなみに、この理屈だと、実際には毎回ワープのたびに実体化地点の空気と核融合する危険に晒されることになるわけだが、どういうわけだか、その点はうまくクリアしているらしい。一度、そのへんの原理を本人に訊ねてみたことがあったが、「じゃあ、おめェはその“原理”とやらを、いちいち考えながら空ァ飛んでンのかよ?」と返されて終わりだった。どうやら、本人にもよく分かっていないらしい。)

 ――つまり、だ。

 つまり、正面から行ったのでは侵入が難しいところにも、簡単に入りこむことができるワープ能力の「便利さ」以上に、スカイワープ自身が切り札として大切にされているのだ。
 いざとなれば、ワープでスカイワープを敵軍の急所に飛びこませれば、大きなダメージを与えることができる。たとえば、エネルギー発生器の中で、“運良く”核爆発でも起こしてくれれば、一発で勝負が決まる。
 そう、いつか。
 その時は、不運な伝達ミスが重なるのかもしれない、あるいは、未熟なスパイが、ウソの情報を掴まされるのかもしれない。なんにせよ、飛びこませるきっかけなんて、どうとでもなる。
 たった一つの座標と、メガトロンの命令さえあれば、スカイワープはどこにでも跳ぶのだ。
 だからメガトロンは、みだりにワープすることを、スカイワープに許さない。スカイワープに不慮の何かが起こったときには、必ず捜索隊を組織し回収させる。その時が来るまで、貴重な兵器に勝手に死なれては困るからだ。
 それが、メガトロンの意向なのだ。

 ――そして、この俺は、メガトロンの演説に「ディセプティコンの勝利」という言葉を聞かされるたびに、累々たる屍の山をしかイメージできなくなって久しい――。

 スカイワープは、俺の生返事を気にも留めずに喋り続けている。

「まあなぁ、アストロはムカツク野郎だが、いつも拾いに来てくれるから助かるぜ。そこンとこはイイヤツだよな、アイツも。ともかく俺は、目が直ったら、またすぐ跳ぶぜ。あの任務は俺にしかできねェ。なんてったってメガトロン様が、俺のことを買ってくださってるんだ。あの方を失望させちゃいけねェ」

 俺は、天井に向けて嬉しげな輝きを放つスカイワープのアイセンサーを見ていられなくて、思わず右の手のひらで、そのオプティックを覆った。

「?! 何すんだよ?」

 目が見えていないスカイワープは、突如、顔面にかかった圧に、大袈裟なほどに機体を震わせて反応した。
「……寝言は、寝てから言ってやがれ、マヌケワープ」

 馬鹿なスカイワープ。
 お前が敬愛するメガトロンは、お前のことなんて、ちょっと可愛げのある道具だとしか思ってないのに。

「任務の途中で迷子になってるようじゃ、とっくにガッカリされてるさ」
「ウルセーよ。今回は、運が悪かっただけだ」

 顔の上半分を俺の手に覆われたまま、スカイワープは威勢よく言い返す。

 運が“悪かった”だけ。たしかにそうだ。
 でも、いったい誰の?
 メガトロンの命令を遂行できなかったスカイワープ?
 たかだか一兵卒のために動員された参謀連中?
 それとも、メガトロン?
 この“事故”は、もしかしてアンタの思惑とは違ったんじゃないのか?

 運が“良かった”のは、もしかして俺だけかもな。

 あまりの皮肉に、性質の悪い笑いがこみあげてくる。

 コイツの瞳が俺を映していないことを、その度ごとに思い知らされて、それでもその帰還を喜んでるなんて、俺もたいがいなマヌケ野郎だ。

「……クラッカー?」

 笑いの気配が、触れあったところを通して伝わってしまう前に、俺は手を退けた。

「じゃあな、ワープ」
「え? どっか行くのかよ?」
「任務だよ」
「ンだよ。おめェが直してくれンじゃねェのかよぉ」
「サーキット関連の不具合じゃ、俺にゃ手出しできねェ。たぶんスタースクリームがやってくれるだろうよ」
「ちぇー」

 天井から落ちる明りが形作った俺の手の影が、同型機の白い顔の上で、ヒラヒラと踊る。
 見えていないくせに、思いのほか力強い目で、スカイワープが俺を見た。――やっぱり、視線は外れていたが。

「早く帰ってこいよ」
「はいはい」
「ハイは、一回でいいんだよ!」
「はーいはい。んじゃ、ま、怪我人はイイコでネンネしてな」

 内容がないくせに、終わらせるタイミングが掴みにくい軽口――スカイワープとの会話はいつもそうだ――を打ち切って、俺は扉に向かった。
 スカイワープが位置を掴みやすいように、わざと踵の音を立てて歩いていく。

「てやんでぇ! てめェ、最近根性悪いぞ!」

 普段より少し高い、苛立ったような声が、背後からまっすぐにぶつかってきた。
 どうやら、今度はきっちり俺を「見て」

いるらしい。俺は、唇の端を持ち上げて、ひっそりと笑った。
 背後で、リペアルームの扉が閉じた。
 ひと気のない発着スペースのガランとした空間には、換気用のダクトの立てる音が、やけに響いている。








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