※ そのまんまです。失禁です。おもらしです。苦手な人は、お気をつけ。






wet himself






 じわり、と、温い感触が、股間部を覆った装甲の内に広がった。

ああ、やっちまった。

 他人事のように、スカイワープは思った。
 数メガサイクル前からその兆候はあったが、ここにきてとうとう、廃液量が一時貯蔵タンクのキャパを超えてしまったようだ。
 広がった“温み”は、装甲の隙間から漏れ出し、外気に触れた廃液から異臭が立ち上り始める。僅かに粘性を帯びた液体が股関節部を伝い落ちる不快感に、黒のジェットロンは、造作の整ったフェイスパーツを顰めた。

ジョイントに、オイル滓がこびりつかなきゃいいけどな。

 視線を落としたスカイワープは、自分の下半身の惨状に、思わず溜め息に似た排気を漏らした。
 その音に、隣にいた機体が反応した。水色が揺れて白い顔がこちらを向く。サンダークラッカーは、状況を一目で察したらしい。そのアイセンサーが軽く見開かれ、スカイワープに比べれば全体的に表情に乏しい澄まし顔が、困惑したような色を浮かべた。

《昨日、ちょっと飲み過ぎちまってな。アストロの野郎、いい酒持ってたんだよ》

 スカイワープは、水色の兄弟機が何か言い出す前に、彼の個人チャンネルに言いわけじみた通信を送った。もちろん閉鎖回線でだ。誰かに聞かれてはたまらない。もっとも、音声出力をしないのは、音を立てることができないからでもあるのだが。
 黒と水色、二機のジェットロンは、今、敵陣のごく近くに潜んでいた。別動隊の攻撃と同時に、敵の本部に奇襲をかけるためだ。空からの急襲で混乱に陥った敵の中枢を、至近距離から一気に殲滅する。無音飛行とソニックブームによる攻撃を同時に行えるサンダークラッカーと、ワープ能力を持つスカイワープの組み合わせは、この手のゲリラ作戦には最適のチームだと軍団内では目されていた。
 ただ、スカイワープの跳躍距離には限界があり、標的から離れれば離れるほどワープの精度が落ちる。攻撃の正確を期すためには、せめてワープ限界ギリギリの距離である2.5マイルまでは、標的に接近する必要があった。かくして、この作戦が実行される際には、彼らは、本陣を離れたった二機で潜伏待機する、ということになるのだった。
 敵陣から2.5マイル。大型種族であり駆動音も大きいセイバートロニアンが安全を保つためには、決して十分とはいえない距離だ。敵の重力探知や音響探索の技術が発達していれば、発見される危険性は飛躍的に増大する。状況によっては、一切の身動きを制限した状態で、短くはない時間を過ごすことにもなった。
 だから、待機が長くなれば、生体活動に伴って生じるクーラントの余剰水やもろもろの廃液を、その場でドレイン――排泄――して垂れ流す羽目になるようなことも、ないではないのだ。
 そんなわけで、スカイワープもサンダークラッカーも、お互いの排泄に関しては(気分が良くてやってるわけではないので、そんな事態はできるだけ避けたいにしても)さほどの嫌悪感や忌避感は持っていないのだが、それはあくまでも、数日単位で待機が長引いたときの話だ。バイオリズムの周期が、人間よりも遥かに大きいセイバートロニアンであれば、今回のような数メガサイクル程度の待機では、こうしたことは通常起こり得ないのだ。兄弟機の不調を疑ったサンダークラッカーが、困惑の表情を浮かべたのも当然だった。

《それでオモラシしてりゃ、世話ねェな》

 サンダークラッカーから通信が返ってきた。皮肉たっぷりだ。一瞬ではあるが心配させられた分、口調も刺々しくなるのだろう。そもそもこの水色機は、カラーリングのせいか大人しげに見られがちだが、場合によっては、メガトロンにも面と向かって厭味を言えるほど、じつは性格がキツイのだ。
《てめェ、自分が飲めなかったからって、すねてンじゃねェよ》

 スカイワープは、すかさず通信を介して言い返した。
 この事態は、スカイワープの自己管理の甘さが招いた結果なのだから、何を言われても仕方がないのだが、普段から一緒にいる兄弟機にそう言われると、ついつい反発したくなるものだ。それに、昨夜の飲み会にサンダークラッカーは参加しなかった。それも気に入らない。正しくは、誘おうと思っても、基地のどこにも、この兄弟機の姿は見当たらなかったのだ。そうしたことも、サンダークラッカーに対するわだかまりを、スカイワープに抱かせる原因になっていた。

《ンだよソレ。すねてンのは、てめェじゃねェかよ。だいたい俺ァ仕事だったんだから、仕方ねーだろ》

 サンダークラッカーから、また通信が返ってくる。突っかかるような兄弟機の態度を、軽くいなすかのようなその対応に、スカイワープの不満が爆発した。

《ァア?! 仕事だァア?! 馬鹿にすンじゃネェやい!! オイこらサンダークラッカー、俺ァ、てめェのシフト知ってんだぞ。てめェ昨日の夜は空きだったじゃねーかよ! なのに、探しても探しても、どこにもいやがらねェし。いったいどこォ行ってやがった?!》
《っせェな。ギャアギャア騒ぐな。だから仕事だっつってんだろ》
《ざっけんな!! 出撃前の夜中に、なんの仕事だってンだよ?!》
《サウンドウェーブからの頼まれ仕事だよ》

 ……これなのだ。スカイワープの不満の原因は。
 あの四角い情報参謀は、やたらとサンダークラッカーに絡んでくる存在だった。仕事中だけならまだしも、サンダークラッカー自身が言うように、最近では通常業務外でも何かと理由をつけて、この兄弟機を呼び出す。そのうえ、スカイワープがもっと気に入らないのは、サウンドウェーブのそうした行いに対しての不満を、サンダークラッカーがとくに表明しないことだった。

俺といるより、あの陰険野郎のほうがいいってのかよ!

 つまりは、そうなのだ。
 昨夜飲み過ぎたのも、廃液を漏らして気色の悪い思いをする羽目になったのも、すべてサウンドウェーブが悪いのだ。スカイワープにとっては、そういうことなのだ。

《てめェ、サンダークラッカー、バカヤロウ。あんな陰険野郎に懐いて、ホイホイついてってんじゃねェよ。いいだけ利用されて、そのうちポイされっちまうぜ?! そうなってから俺に泣きついたって、知らねェんだからな!!》
《なに言ってんだよオマエ》

 一人合点で論点が盛大にずれはじめたスカイワープに、ついていけなくなったサンダークラッカー返す。デストロンのなかでは面倒見が良いほうとはいえ、サンダークラッカーも、けっして気が長いわけではない。これ以上、わけの分からないことを言われれば、スカイワープの顔面に一発食らわすようなことにもなりかねない。
 その時、本陣のスタースクリームからの通信が入った。

《サンダークラッカー、スカイワープ。攻撃開始だ。行け》

「……だってよ。ホラ、行くぜ」

 これで、兄弟機の言いがかりから逃れられるとでも思ったのか、サンダークラッカーは、心なしほっとした様子で機体を起こした。
 スカイワープとても、任務遂行が第一だということは理解している。まだ収まらない不平をブツブツと溢しながらも、さっさと立ち上がったサンダークラッカーに続いて、スカイワープは立ち上がろうとした。
 ……と、乾ききらずに残っていた液体が、姿勢を変えたことで、装甲の内を移動して隙間から漏れ出した。怒りに置き換えられて半ば忘れかけていた不快感が、下半身に戻ってくる。

「うえぇ……気色悪ィ」

 思わず口走ったスカイワープに、サンダークラッカーが声をかけた。

「だったら、さっさと終わらせることだな。早いとこ基地帰って、さっぱりしようぜ」

 ここらが潮時だと判断した、サンダークラッカーからの譲歩だ。たったそれだけで、スカイワープの機嫌は浮上し始める。

「なに? おめェが洗ってくれンの?」

 調子に乗ったスカイワープに、サンダークラッカーは、今度こそ、はっきりとした呆れ顔を浮かべると、フワリと浮き上がった。そして、

「甘えんな」

とだけ言うと、ジェットモードに変形して飛び去っていく。その姿を、残された黒のジェットロンの怒鳴り声が追った。

「なァんでェ、チクショウめ。てめェ、やっぱあの陰険野郎に似てきやがったぞ!!」

 それからすぐに、ブン……という低音が空気を震わせたかと思うと、辺りにはまた静けさが帰ってきた。








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