※設定等、ほぼオリジナルと化しています。





 薄暗い廊下の先を歩く、水色の翼に声をかけた。

「サンダークラッカー」

 軍隊では、階級の差は絶対だ。上官に声をかけられたら、何をおいても反応しなければならない。

「……はい? なんでしょうか?」

 とはいえ、この水色の航空兵は、そのへんの規律の浸透が、どうにも少し“緩い”。他惑星に展開しているような末端部隊であれば、即座に鉄拳制裁を食らうであろう間延びした返事をしてふり返ったサンダークラッカーの、その茫洋とした顔を眺めながら、サウンドウェーブは思った。
 相変わらず、間抜けな面構えだ――。





Dance! Dance!! Dance!!!






 メガトロンのエリートガードも務めるジェットロン達は、全員「足りない」、というのがサウンドウェーブの忌憚のない評価だ。妙に寛大な破壊大帝が大目にみているせいか、その足りなさ加減が、愛嬌と取られているようではあるが。
 しかし、その寛大さの足下で「こんなこと」が起こっているようではな。
 サウンドウェーブは、苦々しく思った。……この水色のジェットロンには、デストロン軍に対する背信の容疑がかけられているのだ。
 きっかけは偶然だった。ある軍事衝突の際、データ処理用に戦闘地域を撮影していたコンドルの映像に、故意に敵兵を見逃すサンダークラッカーの姿が捉えられていたのだ。もちろん、それは明らかな背信行為だった。これがメガトロンの目に止まれば、処罰は免れない映像だった。
 ところがサウンドウェーブは、その事実を、すぐにはメガトロンに報告しなかった。映像データも、いまだ自分の手許に留めたままだ。つまり、メガトロンは、自分の足下で起こっている裏切りを知らず、サンダークラッカー本人は、己の背信行為がすでに曝かれていることを知らない。現在のところサウンドウェーブただひとりが、サンダークラッカーの生殺与奪を思いのままにできる切り札を握っている、といえた。
 サウンドウェーブは、この切り札を、すぐに使う気はなかった。彼は、規模が大きくなるにつれ弛みが目立つようになったデストロン軍団の規律を、今一度引き締める手段として、これを利用しようと考えたのだ。たとえメガトロンに近しい兵士であっても、その裏切りには苛烈な処罰があるのだ、と。甘えは赦されないのだ、と。サンダークラッカーの処刑は、一般兵士に向けてのお誂え向きの見せしめとなるだろう。そのためには、サンダークラッカーの動向を監視し、逃れられぬ反逆の証拠を、さらに掴むことが必要だった。
 だから、こうして声をかけたのだ。獲物に近づき、絡め取るために。
 スタースクリームのような、しょっちゅう反逆を口にする道化者のことは、メガトロン自身に任せておけばよい。あの二人の関係は複雑怪奇で、情報参謀である自分にも理解しがたい。
 むしろ、と、サウンドウェーブは思う。
 真に危険なのは、自らを目立たせない反逆者だ。この水色のジェットロンは、自己主張の強い他の二羽に隠れて影が薄い。けれどお前は、その間抜け面の裏で本当は何を考えている? 愛嬌とは笑わせる。寵愛を利用する、ただの下衆ではないか。……この映像の存在を知ったら、お前はどうするだろうか? みっともなく命乞いをするだろうか? それとも? でも、簡単に殺してやるものか。デストロンとしての役割が満足に果たせない役立たずならば、せめて俺の役に立って死ね。すべての逃げ道を塞がれた絶望に、その身を震わせて、惨めに、死ね。

「あの……?」

 サンダークラッカーが、サウンドウェーブを窺うように見ている。視線も表情も判然としない相手を前にして、気まずい思いを抱いているのだろう。

「君ノ攻撃能力ハ、ソニックブームダッタナ」
「? はい」

 いささか唐突な質問に対して、目の前のジェットロンの感情が不審に傾いたのは、ブレインスキャンするまでもなく明らかだった。当然だ。お互いに顔を合わせる機会は多くとも、サウンドウェーブがサンダークラッカー個人に、任務以外の用件で声をかけたことなど、これまで一度もなかったのだから。
 サウンドウェーブは気にしなかった。冷酷で変人の情報参謀、と一般兵士たちに陰口を叩かれていることは、とっくに承知しているのだ。この程度の振る舞いは、彼らの中の情報参謀のイメージと照らし合わせて、あり得るレベルで処理されるだろう。

「俺ハ、音響ニ関シテモ特化サレタ機体ダ。君ノ能力ニ興味ガアル。一度見セテ欲シイ。五サイクル後ニ、俺ノオフィスニ出頭シロ」
「は? でも俺、他の仕事が、」
「ソノ点ニツイテハ、スデニスタースクリームト話ガツケテアル。コレハ上官命令ダ」
「……はい」

 そう。
 どんなに不審に思おうとも、上官の命令は絶対だ。
 サンダークラッカー。
 お前には、もう逃げ道は無いのだ。



***



 翌日、二人はセイバートロン星の、ある街の上空にいた。
 街だった場所、と言ったほうが正しい。かつて、デストロン軍とサイバトロン軍との衝突の舞台となり、地図上から消えた都市だった。動くものはない。死んだ街だった。

“誰もいない場所でなら。”

 その破壊能力を見せろと命令したサウンドウェーブに、サンダークラッカーが要求したのがそれだったのだ。
 サテライトの光を鈍く反射する瓦礫と廃墟の連なりを足下に見ながら、サンダークラッカーが、やはり緩い調子でサウンドウェーブに話しかけた。

「えぇっと。情報参謀殿は、たしかとても小さくトランスフォーム、できますよね?」
「アア、デキルガ……?」
「じゃァ、そうしてもらって、俺に乗ってもらえますか?」
「ナゼダ?」
「ソニックブームを使うときは、作用の中心になる俺の中が、一番安全なんです」
「ソウイウコトカ。了解シタ」

 即座に小さなレコーダーに変型したサウンドウェーブを胸に抱え、続いてサンダークラッカーも三角錐のジェットモードにトランスフォームした。

「じゃ、いきますよ」
「アア」

 コックピットの内部に響く声に、サウンドウェーブが返事を返した。
 瞬間。
 周囲の空間が歪んだように見えた。続いて衝撃波が周囲に広がっていく。くぐもった低音が、大地を激しく叩きながら駆け抜けていった。その進路にあるあらゆる物が、強引に共鳴させられ共振させられた。そして、自らの振動に耐えきれず引き裂かれ、吹き飛ばされていった。
 轟音と振動の狂乱が過ぎ去り、余波が完全に収まったのを確認して、サンダークラッカーがキャノピーを開いた。コックピットからサウンドウェーブが空中に飛び出し、ロボモードにトランスフォームすると、サンダークラッカーも、同じように空中でロボモードに戻った。二人で、申し合わせたように地上に降りる。衝撃波に蹂躙された石塊が、着地の振動で崩れ落ちた。

「見事ナモノダナ」

 自分たちを中心に広がる破壊の痕を見回しながら、サウンドウェーブは賞賛の言葉を口にした。
 先刻まで、かつての街の面影を辛うじて留めていた一帯の構造物は、完膚なきまで打ち砕かれ弾き飛ばされ、捲れ上がった舗装の下からは、セイバートロン星本来の地表が覗いている。
 たしかに、凄まじい破壊力だった。だから、これはサウンドウェーブとしては、珍しくも掛け値なしの褒め言葉だったのだ。
 ところが、そうした上官からの賞賛に対して、サンダークラッカーは、自らの作り出した光景を見つめながら、平坦な声でこう答えた。

「役になんか立ちゃしませんよ。こんな能力」

 同じジェットロンでも、たとえばスタースクリームならば、己の能力を賞賛されれば、鼻もちならない態度で勝ち誇るだろう。たとえばスカイワープならば、単純に喜ぶかもしれない。同型機たちほどではないにしても、それなりに喜びを表すだろうと思っていたサンダークラッカーの意外な反応に、サウンドウェーブは思わず問い返した。

「ナゼダ?」
「俺、自分の能力なのに攻撃の範囲を制御できないんですよ。いくら破壊力があるったって、闇雲に壊しちまったら意味がないでしょう。だからといって出力を抑えたら、ただのデカイ音だ。せいぜい相手を驚かすくらいにしか使えねぇ」

 サウンドウェーブの視線を横顔に受けながら、サンダークラッカーは、淡々と己の能力の欠陥を挙げていく。
 「卑屈だ」「事なかれだ」「うすのろだ」――この航空兵に関する評判は、もちろんサウンドウェーブも知っていた。実際に、ブリーフィングでも謁見室でも、いつでも同型機の後ろにぼんやり立っている姿しか見たことがなかったから、この水色機に関しては噂通りの性格なのだろうと、サウンドウェーブも思い込んでいた。だが、こうして会話をしてみると、単純に卑屈だというのとは違う。サンダークラッカーは己の戦闘能力を冷静に分析し、評価を下している。ジェットロンはブレインまで軽く作られている、と考えていたサウンドウェーブにとって、これは意外な発見だった。
 その一方で、強大な破壊力を備えているという事実をわざわざ否定するという行為は、力こそすべて、と考えるデストロン軍においては、たしかに異端扱いされても仕方ないものでもあった。
 保身、というわけか……?
 突出した力を持つ配下は、支配者にとっては両刃の剣だ。駒として大人しく言うことを聞いているうちはよし。だが一旦牙を剥けば、その力は重大な脅威となる。だからこそ、高い能力を持つ人材は重用されもするが、同時に最も疑惑の目を向けられる。逆に言えば、そうした疑いの外にいたければ、愚鈍を装えばいい。
 この水色が、そこまで考えて行動しているのならば――、

「面白イ」
「へ?」

 冷徹な情報参謀が漏らした脈絡のない呟きに、サンダークラッカーがきょとんとした顔を向ける。
 ――この間抜け面の仮面を剥がしてやるのは、なかなか愉快な遊びになりそうだ。
 サウンドウェーブは、マスクに隠した口元を笑いの形に歪めた。

「ツマリ君ノ攻撃力ノ問題点ハ、指向性ノ無サトイウワケカ」
「……まあ、そうですね。下手すると、味方も巻き込んじまう」
「ワザワザココマデ来タノモ、ソレガ理由カネ? 無駄ナ犠牲ハ出シタクナイト?」
「……ええ、まあ」
 おまけに憐憫の情ときたか。甘過ぎて反吐が出るな。
 何を考えているのかが見えない上官に対して、疑念を抱いている様子ながらも大人しく答えた航空兵に、サウンドウェーブはたたみかけた。

「ダガ、コレダケノ破壊力ダ。君ノファイヤーアタックト組ミ合ワセレバ……ソウダナ、ヤロウト思エバ、デストロン基地ヲ壊滅サセルコトモ可能ダロウナ」

 その言葉に、サンダークラッカーのオプティックが、戸惑ったように一瞬明滅する。

「そんなこと、する意味がない」
「例エバ、ノ話ダ。ナラバ現実的ナ質問ニ変エヨウ。ナゼ君ハ、戦闘デコノ能力ヲ使ワナイ?」
「だから、」
「友軍マデモ破壊シテシマウ危険性カ? シカシ、ソンナモノハ避ケラレナイホウガ悪イノデハナイカ? 巻キ込マレ破壊サレタナラバ、ソノ程度ノモノダッタトイウコトデハナイカ?」
「そんな、」
「デストロンハ、チカラノ軍団ダ。チカラ無キ者ハ不要ダ」

 口を挟む間を与えず一気に言い切る。サンダークラッカーは、途中から勢いに押されたように顔を俯せてしまっていた。だがその直前、ほんの僅かだが、反発の色がその顔に閃いたのを、サウンドウェーブは見逃していなかった。

「……俺……」

 ややあって、サンダークラッカーが口を開いた。顔は伏せたままだ。
 サウンドウェーブは、目の前の戦闘機の黒い頭頂部を眺めながら、奇妙な高揚感を味わっていた。
 さあ、どうするジェットロン?
 青臭いお前の理屈を振りかざして反抗するか?
 それとも、俺の理に屈して機を待つか?
 どちらでもいい。
 俺を楽しませろ――。
 だが、サンダークラッカーの口から続けて出てきた言葉に、サウンドウェーブは、軽く失望させられることになった。

「俺、アンタの言ってること、全然分からねぇよ」

 ――思考放棄、か。
 結局のところジェットロンのブレインなぞ、お話にならない出来でしかない、ということか。つまらん。
 興味が急速に萎えて行く。多少なりとも期待があっただけに、失望感は不快感にさえ変わった。その思いのままに、サウンドウェーブは冷たい視線を目の前の機体に向けた。
 その時、サンダークラッカーの顔が上がった。水色の航空兵のアイセンサーが、バイザーに隠されているはずのサウンドウェーブの視線を、正面から捉える――捉えられた、と思った。意識してか意識せずか、サウンドウェーブの視線を捉えたまま、サンダークラッカーが再び口を開いた。

「――アンタ、なんでそんなこと俺に言うんだ? 俺に何を言わせたいんだ?」

 言っている内容だけとれば、ずいぶんと反抗的な言辞なのにもかかわらず、サンダークラッカー本人には、どうやらそのつもりはないらしかった。
 サウンドウェーブのアイセンサーに映ったサンダークラッカーの表情には、“何もなかった”からだ。
 彼は、ただ、サウンドウェーブを見ていた。
 それは、製造されて最初の起動をした機体が見せる表情に似ていた。初めて見るものを、不思議そうに見つめる目。見つめていながらも、対象を透過して、はるか後方の世界に焦点を合わせているような、そんな表情だった。
 無垢と言えば聞こえは良い。個性のない“空白”の表情は、なぜかサウンドウェーブの感情の表面をざわつかせた。とっさに言語化できなかったその感情が、快とも不快ともいえない微妙な感覚として身体化される。群青色のトランスフォーマーは、自分の顔が完全に覆われていることを、ありがたく思った。
 おそらく自分は今、隙だらけの中途半端な表情をしているに違いない。

「……上官ノ質問ニ、質問デ返スカ」
「あ」
 上官に対する不敬を指摘してやると、サンダークラッカーは、一転きまり悪げな顔をして竦んでしまった。その途端、先程の“表情”は消え去り、いつも通りの間抜け顔のジェットロンが戻ってきた。
 ……戻ってきた?
 サウンドウェーブは、自分の思考に浮上した言葉に、違和感を感じた。この水色はずっと目の前に立っていたのだから、「戻ってきた」などという表現は、論理的には間違っている。ところが、感情回路では、たしかに「戻ってきた」と感じているのだ。
 これは、なんだ?
 俺は、コイツの顔に、何かの意味を見いだしたとでもいうのか?
 再びサンダークラッカーに目をやれば、水色の航空兵は、気まずそうに立ち尽くしている。無視された自分の質問について、問い詰めてくるような様子もみられない。生意気で頭の軽い機の多いジェットロン部隊の一員にしては、やはりこの戦闘機は少し変わった個性を持っているらしい。

「フン。面白イ」

 それにしても、まさか一足飛びにこちらの質問の意図を問うてくるとはな。やはりこいつは油断ならないということか。

「サンダークラッカー」
「なんです?」

サウンドウェーブの呼びかけに、わずかの警戒心を漂わせたサンダークラッカーが答える。

「君ハ実ニ興味深イ存在ダナ」
「はぁあ?」
 警戒から当惑へ、表情がくるくると変わる。心の動きが手に取るように分かる。ブレインスキャンさえ必要としない単純さだ。
 だが、それは、お前の本当の心か?

「君ニツイテノ情報ガ欲シイ。コレカラ暫ク、俺ノ傍ニイルヨウニシロ」
「え、ぇええ?!」

 では、お前の見せた“空白”の意味は何だ?
 知りたい。
 データが必要だ。

「分カッタナ」
「え、や、でも、スタースクリームが何て言、」
「サンダークラッカー」
「……ハイ」

 チャンスをやろうじゃないかジェットロン。

「俺ノ傍ニイロ」

 お前が俺を楽しませるうちは、生かしておいてやろう。

「コレハ、命令ダ」

 そうだ。
 生きていたければ、俺を飽きさせるな。せいぜい楽しませろ。
 サンダークラッカー。

 お前には、もう逃げ道は無いのだ。








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