※設定等、ほぼオリジナルと化しています。





 また、あの“眼”をしている。

 サウンドウェーブは、ここのところ習慣になりつつある苛立ちが、感情回路に生じるのを感じた。





ntermission / Side S






 サウンドウェーブは、デストロン軍の兵士たちに自分がどのように思われているのかを、よく理解している。
 目的を達成するためならば、自軍の犠牲さえも辞さない、冷酷、非情、陰険な情報参謀。
 それは良い。自分たちは、サイバトロン軍の馬鹿どものように、仲良しごっこをするために、こうしているのではないのだ。
 だから、自分が視野に入ったとたんに、それまで談笑していた兵士たちが嫌悪の表情を浮かべるのを、情報参謀としての己の功績の一部とさえ考えていた。ようするに、サウンドウェーブにとって、他人が自分に向ける感情などは、無いに等しいものだった。――だったのだ。
 最近、サウンドウェーブの傍らに水色のジェットロンが立つようになった。他でもない。自分がそう望んだのだ。とはいっても、別段、特別な好意があるわけではない。また、彼が情報参謀の仕事に役立つわけでもない。ただ、デストロン兵として、時折不審な行動が見られる彼を監視するために、そして一方では、己の好奇心を刺激する興味深い資料としての彼を観察するために、その便宜を図っただけのことだ。
 サウンドウェーブの興味を惹いたもの。それは、彼の「表情」だった。正確には「表情の消えた顔」だ。
 彼――サンダークラッカーの表情には、時々“空白”が現れる瞬間がある。目の前に立っているのに、たしかにこちらを見ているはずなのに、違う世界を見つめる眼をするのだ。
 観察を始めた頃は、単純にシステムのどこかにバグがあるのかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。低スペックのブレインサーキットで不測の事態に対処できず、一種のフリーズをしているのかといえば、それも違うらしい。(だいたいそこまで演算能力が低いなら、これまでの戦闘でとっくに破壊されているはずだ。)  例の表情が現れたときに、ブレインスキャンを試みたこともある。サンダークラッカーのブレインは、滞ることなく緩やかに動いていた。ただし、何らかの情動――たとえば歓喜や怒り――が生じたときに起こるような、記憶ファイルへのアクセスも見られなかった。
 ――つまり、その瞬間、彼は、ただ「見ている」だけなのだ。批判も拒絶もなく、世界は、彼の中を通り過ぎていくだけなのだ。
 そして、サウンドウェーブは苛立つ。
 サウンドウェーブは、他人が自分をどう思おうと、構わない。
 それは、そうした他人の表情から、多くの情報を読み取ることができるからだ。
 サウンドウェーブは、顔をバイザーとマスクで覆って隠している。
 だがそれは、感情がないから、というわけではないのだ。
 むしろ、サウンドウェーブは、自分の思いが如実に表情に反映されることを、しっかりと認識している。だからこそ、隠しているのだ。他人に己の情報を与えないために。
 はっきりと見えているのに、何の情報も与えてこないサンダークラッカーの“空白”は、だから、サウンドウェーブにとっては、異質なものだった。ただの間抜けなジェットロンが、その瞬間だけは、異様な存在になった。目の前にいるのに、解析できない自分自身に苛立った。
 そしてそれを、隣を歩いている水色のジェットへの苛立ちにすり替えた。

「何ヲ見テイル」
「へ?」

 サウンドウェーブは、いきなり自分に投げつけられた問いが理解できず、きょとんとしているジェットロンの首元を捕らえると、そのまま背中から壁面に叩きつけた。

「うあっ!」
「――何ヲ見テイル」
「〜〜〜〜ってェ!! 何?! なんなんだよいきなり!」
「何ヲ見テイルノカト訊ネテイル」
「だから、なんの話だって!」

 サウンドウェーブは、突然自分を襲った事態に混乱しているサンダークラッカーの頸を、容赦なく絞め上げた。
 肺で呼吸をしているわけではないトランスフォーマーといえども、中枢やその他の重要なケーブルが集中して通っている頸部が、一種の急所であることは人間と変わりはない。絞められるに従って、表層近くを通っている輸液ケーブルが圧迫され、サンダークラッカーの表情が苦しげに歪んだ。

「よ、せ。……止めろ」

 戦闘員の腕力をもってすれば、たかだか情報官に過ぎないサウンドウェーブの腕を振り払うなど簡単なことだろうに、サンダークラッカーは、そうしようとはしなかった。水色のジェットロンは、自分を絞め上げる群青色の腕を、甘んじてうけいれている。

「――フン」

 サウンドウェーブは、力任せに絞め上げていた手を、ふい、と離した。自分ばかりが激高していることに、急に馬鹿らしさを感じたのだ。その腕に吊り上げられるような形になっていたサンダークラッカーが、支えを失って、ガシャ、と音を立てて壁際にくずおれた。

「ぅ……」

 自分の膝あたりで、航空兵の黒い頭部が軽く振られているのを、サウンドウェーブは、冷ややかに見下ろす。おおかた、輸液の圧が急に変化したせいで、視界がおかしくなっているのだろう。

「ナゼ抵抗シナイ」
「……アンタね……。一般兵が参謀を殴れるかよ」
「壊サレテモカ」
「壊すつもりだったのかよ?!」
「……」

 床にへたり込んだまま、それでも精一杯の抗議をするサンダークラッカーに応えず、サウンドウェーブは踵を返して歩き出した。

「あ! おい! ちょっと待てよ!」

 サンダークラッカーが慌てて呼びかけても、サウンドウェーブは振り返らなかった。サンダークラッカーが、その後ろ姿を呆然として見送るうち、群青色の機体は通路の角を曲がってしまった。そして、

「――なんだってんだよ。いったい……」

取り残されたジェットロンの呟きが、誰もいない通路に転がっていった。




***





 飛行性能以外の点での、ジェットロンの大きな特徴は、その整った造作だ。飛ぶために洗練されたボディのラインと相まって、彼らの容貌は見る者を惹きつける。
 デストロン軍団では、その容姿が有効に利用された。拝謁を請う者たちの前に現れる破壊大帝。そして、その側に侍る美貌のジェットロン――この組み合わせは、メガトロンの謁見を受ける者たちに強烈な印象を与えた。護衛としての彼らの存在は、つまり、支配者のアクセサリーとしても理想的な存在だったのだ。
 ただし、高速で飛翔する彼らのブレインは、どうやら性能的にもずいぶん軽く作られたようで、その音声装置から紡ぎだされる言葉には、たとえばデストロンの情報参謀から言わせれば、耳を傾ける価値のあるものはほとんどない、ということになるらしいのだが。





Intermission / Side T






 デストロン基地のラウンジに、スタースクリーム、スカイワープ、そしてサンダークラッカー、メガトロン直属のジェットロン三機が顔を揃えていた。
 メガトロンの護衛といっても一般兵であるスカイワープとサンダークラッカーがラウンジにいることは、それほど珍しいことではない。だが、一応士官クラスであるスタースクリームがここに顔を出すことは、ほとんどない。スタースクリームに言わせれば、「あんな馬鹿ばっか集まるしけた場所に、行く必要がどこにある」ということになるのだが、もともとが科学者であった彼にしてみれば、多忙な参謀職の合間に時間ができたのなら、無駄話に費やすよりも自分の研究に充てたい、というのが正直な気持ちなのだろう。
 そんなスタースクリームが、この日に限ってわざわざその「しけた場所」に顔を出したのは、どうしても聞きたいことがあったから、らしい。つまり、

「サンダークラッカー。お前、最近さぁ、サウンドウェーブのヤツと一緒にいること多くねぇ?」

というわけだ。

「あ? ああ……うん。そうだな」
「なんでだよ?!」

 デストロンの航空参謀スタースクリームと情報参謀サウンドウェーブの折り合いの悪さは、軍団に所属している兵士になら、ほとんど末端まで知られている事項だ。そのスタースクリームにしたら、最近のサンダークラッカーの行動は、自分の部下が敵対勢力に尻尾を振っているようにしか思えなかったのだろう。無駄話にかこつけて訊ねる口調は軽かったが、表情は真剣だった。

「なんでって、サウンドウェーブがそうしろって言うからだよ」
「ハァ?! なんだよソレ?!」
「知らねぇよ。この間、言われたんだよ。お前に興味があるから、できるだけ傍にいろとかなんとか」

 スタースクリームとのやりとりを聞いていたスカイワープが、横から口を挟む。

「うわぁ……何ソレきめぇ。興味ってなんだよ」
「俺にもわかんねぇよ……」

 だいたい頸絞めといて、興味があるもないよなフツー。
 先刻の出来事を思い出して、内心でつけ足す。口には出さない。うっかりそんなことを告げたら、逆上したスカイワープがどんな騒ぎを起こすか、分かったものではないからだ。

「それに、命令だって言ってたぜ? スタースクリームには了解取ってあるみたいな言いかたしてたけど。お前、アイツから聞いてねーの?」
「んぁあ? 俺様ぁンなこと聞いてねーぞ?!」

 ふざけやがってあの陰険ヤロウ。俺様を無視するとはいい度胸じゃねぇか。険悪な顔つきでスタースクリームが毒づく。
 あー……コイツら、これでまた揉めるな。
 サンダークラッカーは、藪をつついた自分の発言を後悔した。二人の参謀に挟まれて貧乏くじを引かされるのは、どう考えても自分なのだ。

「で、おめェはどうなんだよ」

 スカイワープのほうは、サンダークラッカーの憂鬱に気づく様子もなく、興味津々といった様子で訊ねる。

「何が?」
「何が、じゃねーよ。言われて大人しく傍にいるってことは、おめェ、アイツのこと好きなのかよ?!」
「はぁあ? だから命令されたんだっつってんだろーが」

 どうしてそこで、好きだのなんだのという問題になるのか。わけが分からない。好き嫌いで、任務が選べるわけでもあるまいに。それに、

「……だいたい俺、誰を好きとか嫌いとかなんて、考えたことねぇよ……」
「ひでぇ。おめェ、まさか俺らのこともそうなのかよ」
「あァ……うんまあ、お前らのことは、嫌いじゃないぜ。……たぶん」
「たぶんかよ?!」

 スカ―ワープと実りのない会話をしていると、ひとしきり毒づき終わったスタースクリームが会話に戻ってきた。そして、嫌そうな顔で、サンダークラッカーに言った。

「お前さぁ、そのボーッとした性格、いい加減どうにかしろよ。うぜぇったらねーよ。そのうち痛い目見るぜ?」

 まあ、痛い目には、もう遭ってる気もするけどな。
 そう思うと、頸部を絞められた感触がまた戻ってきて、サンダークラッカーは、軽く自分の首をさすった。








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