※設定等、ほぼオリジナルと化しています。





「よう、アンタ。ジェットロンさんよ」

 ラウンジから出たところで、声をかけられた。聞き覚えのない声だ。

「……?」

 振り返ると、やはり見覚えのない機体が立っている。

「俺?」
「ああ、そうだ」
「何か用か?」
「アンタと話がしたい。サンダークラッカー」
「誰だよアンタ。俺はアンタを知らないぜ」
「まあまあ。アンタはあのジェットロンだからな。有名人さ」

 サンダークラッカーは、ニヤニヤと性質の良くない笑みを浮かべる相手を見た。セイバートロニアンとしては決して小さい方ではない自分が、少し見上げるくらいの位置に顔がある。
 アストロトレインと同じくらいだな。
 不自然にならないように、間合いを取る。

「……それで?」
「ここじゃ、話しにくいことなんだ。ちょっとそこまでついて来てくんねーかな?」

 なんだか面倒なことになりそうだな、と、サンダークラッカーは思った。
 本当は、これからサウンドウェーブのオフィスを訪ねておこうと思っていたのだ。言ってみれば、ご機嫌伺いのようなものだ。そうしておかないと、後々面倒なのだ。傍にいても、こちらの存在なんかまったく無視しているか、先刻のように、わけの分からない言いがかりをつけてくるか、くらいしかないのに、顔を出さなければ出さないで不機嫌になるのだ、あの情報参謀様は。
 厄介な上官のことを思って、サンダークラッカーは、また気が重くなった。
 俺、今日は厄日だ。
 ため息をつきたい気分で、目の前のトランスフォーマーに答えた。

「あんまり長いのは、イヤだぜ」





Eyes * Eyes






 幸い、「ちょっとそこまで」というのは文字通りの意味だったらしく、サンダークラッカーが連れてこられたのは、基地内の人通りのない通路の一角だった。
 自分を壁側に立たせて、機体の大きさを利用してプレッシャーをかけてくる相手を、サンダークラッカーは見上げた。
 壁際に追い込まれるこの体勢は、ジェットロンにとっては、ストレスを感じさせるものだ。彼らの外見上の特徴である左右に張り出した主翼が、狭い空間では自身の動きを阻害する。大空を自由に翔るための翼が、ここでは逆に枷となるのだ。
 だから、彼らは通常、よほど信頼をおける相手であるか、あるいは拒めないような相手――たとえばメガトロン――からの命令でもない限りは、他機からの過度の接近を許さない。それを解っていて、とっさの動きを押さえ込むような、無礼な行為をあえてする輩のしようという「話」が、碌でもないものだということは明らかだった。

「……で?」
「冷たいなあ。この前のアンタは、もうちょっと愛想良かったぜ?」
「この前?」
「飲み会のとき」
「ああ……」

 そういえば、いたな。長期遠征から一時帰還してきた部隊の慰労会(という名の飲み会)に参加したとき、やたら馴れ馴れしく話しかけてきたヤツ。
 サンダークラッカーは、改めて相手の顔を眺めた。
 コイツだったのか。
 ずっと、この基地にいなかった兵士なら、見覚えがないのも当たり前だ。
 サンダークラッカーの思いも知らぬげに、大型のトランスフォーマーは話しだした。

「あン時にも言ったけどよ、俺ァ、そろそろこっちに戻りたいんだ」

 ずいぶんと単刀直入に来た。だが、それでサンダークラッカーも思い出した。自分が「愛想良く」相手をしたと、この男が主張する話の内容を。
 もともと本部詰めだったのが、ちょっとしたヘマをした、とか言ってたよな。それも自分の失敗じゃなくて、同僚のヘマを擦りつけられて、それで飛ばされたとかなんとか。
 ――本当だろうか?
 しかし、客観的事実として、それが本当かどうかが問題ではないことは、サンダークラッカーにも、もちろん解っている。目の前の、このデストロン兵がそう信じているならば、彼の受けた「不当な」扱いは真実なのだ。

「俺ァよ、命令ひとつで、クソみたいな辺境に飛ばされて、泥やらオイルやらに塗れて地べたァ這い回る生活は、もうゴメンなんだよ。……まあ、いっつもお偉いさんと一緒にいるアンタらには、そーいうの分かんねーだろうけど」

 そうでもねぇけどな。
 戦場では、かなり「気軽に」最前線に出て行くことの多い破壊大帝に随行するジェットロンは、内心そう思った。だが、遠征部隊の兵士に比べれば、機体的な危険に直面する機会は、確かに少ないには違いない。

「俺ァ、こっちに戻りたいんだ」

 繰り返す大型機に、サンダークラッカーは言った。

「なんでそんなこと、俺に言うんだよ」

 聞かなくても、この質問に対する答えは分かっている。ここからの流れは……一続きの作業のようなものだ。

「アンタ、メガトロンに近いんだろ? 頼むよ。なんとかとりなしてくんねーかな」

 一字一句、予想と違わぬ答えが返ってくる。
 サンダークラッカーやスカイワープを通じて、上層部と繋がりを持とうとする兵士は、少なくない。一般兵でありながら、軍団の象徴であるメガトロンに侍る二機のジェットロンは、その他大勢の兵士から見れば、「手が届く」高嶺の花なのだ。
 それが、ひどい勘違いであるとも知らずに。

「俺じゃ、なんの役にも立てねェよ。他を当たってくれ」
「ンな冷てェこと言わないでさぁ、頼むよ。助けると思って」

 大型機は、媚びるような笑みを浮かべている。
 サンダークラッカーは、ため息をついた。そして言い放つ。
 できる限り、冷たく、高飛車に、生意気に。ジェットロンである自分の容貌が、もっとも効果的に、相手のスパークに撃ち込まれるように。

「どうして、俺がアンタを助けなきゃなんねーの? ……それに、アンタさぁ、飛ばされたのも戻れないのも、全部自分のせいなんじゃねェの?」

 言い終えた途端、相手の顔から笑みが消えた。
 あ、殴られる。
 と、思った瞬間、衝撃がきた。
 体格差のある相手からの一撃は重い。頭部への衝撃で、視覚によるバランス補正に瞬間的にブレが生じ、サンダークラッカーは床に倒れ込んだ。ブレインサーキットがエラー処理に奔走しているのを確認しながら、思った。
 なんだかなぁ。今日、俺、ホント災難だよなぁ。
 胸の内でぼやいているうちにも、頭上から罵声が降ってくる。

「クソッ……馬鹿にしやがって……!! ジェットロンなんぞ、所詮メガトロンの慰み者じゃねェかよ! 聞いてるぜ? お前、その上あの情報参謀ともよろしくやってるって噂じゃねェか。アバズレが! 生意気な口きいてんじゃねーよっ!!」

 床面近くの視点からは、大型機が口汚く罵りながら軽く脚を引いたのが、はっきりと見えた。
 うわぁ、今度は蹴りかよ。勘弁してほしいぜまったく。
 とりあえず、重要な内蔵パーツが多い頭部と腹部をガードして、次に来る衝撃に備える。――と、そこへ、別の声がかけられた。

「何ヲシテイル」

 特徴あるエフェクトの強いボイスは、デストロン兵なら誰も聞き違えることはない。床に倒れたままの姿勢で、顔だけをそちらに向けたサンダークラッカーの視界の中を、群青色の機体が、こちらに向かってゆっくりと歩いてきた。

「基地内デノ乱闘ハ、禁止サレテイルハズダ」

 今まで、サンダークラッカーの頭上で威勢良く喚いていた大型機が、喉の奥から空気の洩れるような妙な音を立てて、わずかに後しさる。
 その間にも乱れることなく、一定の間隔で響いていた足音が止まった。

「何ヲシテイタ」

 立っている大型機と、倒れ伏している戦闘機。二体のトランスフォーマーの前に立ち、サウンドウェーブは再び問いを発した。
 ――うわ、ヤベェ。
 他の機には区別できないかもしれない。だが、サンダークラッカーには、サウンドウェーブの声が、感情を無理に押さえつけて出しているそれだと分かった。この情報参謀は、今、不機嫌なのだ。
 サンダークラッカーは、横目でちらりと大型機を見上げた。完全に腰が引けている。この様子では、サウンドウェーブの質問には、おそらくまともに答えられないに違いない。
 ああ、もう。面倒くせェな。

「……参謀殿」
「ナンダ」
 足元の戦闘機からの呼びかけに、サウンドウェーブが答えた。顔は、大型機に向けられたままだ。

「喧嘩ではありません。俺の勘違いで……ちょっとした行き違いがあっただけです。もう、解決しました」
「本当カ」
「……」
 改めて問いかけられても、大型機は沈黙している。おそらくもう、半分くらいフリーズしているような状態なのだろう。

「――行ケ」

 これ以上問い詰めても時間の無駄だ、と判断したサウンドウェーブは、逃げ腰の中途半端な姿勢で固まっている兵士に向かって言った。
 呪縛を解かれたように、ギクシャクとした動きで去っていく後姿をサウンドウェーブが見送っていると、傍らで、深く排気する音とともに、水色の機体が立ち上がった気配がした。

「ナゼ庇ウ?」

 自分の傍らに立ったジェットロンに顔を向けることもなく、サウンドウェーブは問う。

「庇っちゃいませんよ。本当に。ちょっとした意見の食い違いがあっただけだ」

 サウンドウェーブの顔が、サンダークラッカーに向けられた。顔半分を覆う赤いバイザーが、苛立たしげに明滅した。何が原因かは知らないが、やはり怒っている。しかも、馴染みのない機が去ったことで、不機嫌さをあからさまにしだしている。
 このうえ面倒くせェことは、勘弁だぜ。
 サンダークラッカーは、さっさと逃げることにした。

「俺も仕事なんで! これで失礼します!」

 当初の予定からは、だいぶ違う形になってしまったが、サウンドウェーブへの顔見せもしたし、これでいいだろう。
 これ以上、不機嫌なコイツの傍にいたら、いつまた頸を絞められるか、分かったもんじゃない――。




***





 任務と定時報告を終えたサンダークラッカーが、基地内に与えられた自室に戻ると、スカイワープがいた。
 ロックはどうした、と訊ねかけて、それが無駄な質問であることを思い出した。
 ――基地内でのワープは、禁止されてんじゃねェのかよ。
 ワープ能力を有するこの黒と紫のジェットロンは、水色の同型機の部屋だけは、どうやら規則の例外だと勝手に決めているらしい。サンダークラッカーの寝台に仰向けに寝転んでいたスカイワープは、そのままの姿勢で部屋の主を見上げて、おかえり、と言った。

「ヒトの部屋で、勝手にくつろいでンじゃねーよ」
「おめェと俺の仲だ、いいじゃねーかよ」
「どんな仲だよ……ったく。今夜は遊んでやれねェから、さっさと自分の部屋に戻ンな」
「どっか行くのかよ」
「ん……まぁな」

 サンダークラッカーが、いい加減に答えると、スカイワープが、寝台の上で半身を起こした。捻るようにして起こした上半身を前腕で支えながら、妙に強い光を宿らせたオプティックを、サンダークラッカーの顔に向ける。

「音波野郎んトコか」
「ちげーよ」
「アイツんトコじゃなきゃ、どこだよ」

 なんで、サウンドウェーブんトコ行くのが前提になってんだよ。
 一瞬、その問いが音声変換の手前まで行ったが、すんでのところでとどめた。どうせ、ラウンジでの会話の繰り返しにしかならないからだ。その代わりに言った。

「ちょっと、外に出るんだよ」

 サンダークラッカーに向けられていたスカイワープのアイセンサーが、わずかに絞られた。

「外、か」
「ああ」
「ふうん……」

 そう言うと、スカイワープは、急に興味を失ったかのように、再び寝台に横になった。

「……おい」
「イッテラッシャイ。イイコでお留守番しててやっからヨ」
 紫の腕だけが持ち上げられて、ヒラヒラと手先が振られる。どうしても立ち去る気はないようだった。サンダークラッカーは軽く排気をして、この部屋に根を生やすつもりらしい同型機に言った。

「寝るんだったら、自分の部屋ァ戻れよ。ここで寝んじゃねーぞ」
「わーった、わーった」
 身支度を整えたサンダークラッカーが、扉の前に立つ。軽い音を立てて開いた出入口をくぐったとき、背後でスカイワープの声がした。

「――さっさと帰ってこいよ、クラッカー」

 その言葉は、再び閉じた扉に断ち切られる。そして、サンダークラッカーは、通路にただ独り立っていた。
 もちろん、スカイワープは、自分が戻ってくるまで、この部屋にいるつもりなのだ。
 サンダークラッカーは、口許に淡く笑みを浮かべ、歩き出した。




***





 戦争前、そこは公園だった。多くのセイバートロニアンが、憩いの場として訪れる場所だった。今は、訪れる者など、ほとんどない。この星のエネルギー不足が表面化し、先の見えない不毛な――当初は、大義はあると思っていたのだ――内戦が始まってからは。
 公園内の高台には、巨大なモニュメントが、月光を鈍く反射している。昔日のセイバートロンの平和と栄光を讃える記念碑は、砲撃によって破壊され、半分ほど崩れた姿を、月下に晒していた。
 無音モードで飛来したサンダークラッカーが、その高台に着陸すると、より深く沈む台座の影の中から、ひとつの機影が分離し、声を発した。

「来てくれて嬉しいぜ、サンダークラッカー」
「アンタも懲りねェな」
 日中、サンダークラッカーに「話」を持ちかけた、大型機だった。サウンドウェーブの前から逃げるように去ったあと、この場所を指定して、サンダークラッカーを呼び出したのだった。個人チャンネルを教えてもいないから、人伝の伝言だ。その執念には感嘆すべきだろう。
 もっとも、ジェットロンの周辺では、よくある出来ごとだったが。

「昼間ァすまなかったなぁ。俺ァ、あの音波野郎がどうにも苦手でよ。助かったぜ」
「べつに……」
「それと、殴っちまって悪かった。あのこともあったから、まさか来てくれるとは思わなくてよ」

 サンダークラッカーは、小さく肩をすくめた。

「アンタ、もしかしてあーゆーのが好きなのか? 殴られたりするのが?」
「バカ話するために呼び出したんなら、帰るぜ」

 踵を返す素振りを見せると、相手は慌てて引き止めた。

「悪ィ悪ィ。つい浮かれちまった。許してくれ」
「……」

 サンダークラッカーは、いかにも面倒くさそうに振り返る。

「俺ァよ、アンタを見込んでんだ」

 胡散臭そうな目で相手を見つめながら、先を話すようにと、顎だけで促す。高慢な態度は――すべて演技だ。
 繋ぎとめることに成功したジェットロンの興味を、途切れさせてはならないとばかりに、大型機は勢い込んで話しだした。

「俺ァ変えたいんだよ。見ろよ、この馬鹿馬鹿しい状況を。戦争のおかげでこの星はボロボロだぜ? セイバートロンのためとか言いながら、俺たちは、クソみたいな思いをさせられてる。全部アイツらのせいだ。メガトロンのヤツと、サイバトロンのボスと。すべての元凶はアイツらなんだ」

――だからよ、アンタ、協力してくれるよな?

――アンタも、なんか思うところがあったから、俺の誘いに乗ったんだろ?

――メガトロンの野郎もサイバトロンの連中も、みんなぶっ殺して、終わらせるんだ。戦争を

――メガトロンに近いアンタが協力してくれたら、あんな野郎、一発なんだ

 大型機は、サンダークラッカーに詰め寄りながらまくしたてる。自分の話に酔っている。

「……仮に俺が協力して、首尾よくコトがすんだら、アンタそれからどうするつもりなんだ」
「ぁあ?! そんなこと考えちゃいねぇよ。とにかく、やっちまえばいいんだよ!」

 とにかく、俺の価値を認めない連中なんて、皆死んじまえばいいんだよ!
 興奮して大きくなっていく声の裏に、隠された本音が聞こえるようだった。
 サンダークラッカーは、ふと夜空を見上げた。己の野望を語ることに夢中の相手は、ごく自然なその動作を気にも止めなかった。
 何かが――月の面を横切った。

「どうだよ? なあ? 協力してくれるよな?」

 巨体がまた一歩、水色の機体に迫る。
 サンダークラッカーの声が応じた。

「悪ィけど」

 ほとんど触れんばかりに接近した二機の間で、微かな金属音がした。

「俺がついてくのは、アンタじゃねェんだ」

 ……一個の生命が奪われた音は、控えめすぎるほど控えめだった。――そんなはずはない。分かっている。瞬間的に、現実から意識を切り離しただけだ――だがその瞬間に、間違いなく、ひとつのスパークが、永遠に消えたのだ。

「う、わ……おい」

 たぶん大型機には、自分の身に何が起こったのか、最期まで解らなかっただろう。話している途中の姿勢のままスパークチェンバーを撃ち抜かれた機体は、バランスを崩し、サンダークラッカーの上に圧し掛かるように倒れてきた。その動きに巻き込まれ、サンダークラッカーは押し倒されるように、重い機体の下敷きになった。

「う……重……」

 しばらく奮闘したものの、ビクともしない機体の下から抜け出す努力を諦め、仰向けに横たわる。見上げる夜空から、ひとつめの月が退場しようとしていた。

「――何してんだろ、俺」

 サンダークラッカーは、自分の肩口に乗っている哀れなトランスフォーマーの頭部を撫でながら呟く。普段は押し込めている思いが、言葉となって胸の内に溢れた。

 ――俺もな、戦争は嫌いなんだ。
 と言っても、俺は戦闘機だから、戦争するために造られた機体だから、命令に対する服従が、何よりも優先的に回路に組み込まれてる。出撃命令が下っちまえば、プログラムされたオペレーションを、とくに何も考えずに遂行する。だから、嫌いっつっても、戦闘開始の直前に、せいぜい少し憂鬱になるくらいだ。……お前さんもそうだったんだろ? でも、そんなふうに造られてない連中は、違うんだろうな。もともと戦闘向けじゃない機体が多いサイバトロンでは、待機中に吐いちまうヤツもいるらしいし。
 それに、有機体の異星人とやり合うときは、最悪だよなぁ……。アイツら、たいてい小さくて脆いから。馬鹿デカい俺らが踏みつぶしにくるんだ。そりゃ怖いなんてもんなんじゃないんだろうな。恐怖に歪んだ顔に、ちょっとビームを撃ち込んだだけで、アイツらは弾けて、中身をぶちまけて死んじまう。はぜた中身が、機体にへばりついて、気持ち悪い。アイツらの恨みが、装甲を蝕んで染み込んでくるようで。
 ――だから、戦争は嫌だ。嫌いなんだよ、俺も。本当は――。

「……」

 サンダークラッカーの聴覚センサーに、砂利を踏みしだく音が届いた。横たわっている頭部の方角から、足音は躊躇することなく接近してくる。足音の主が誰なのかは、予想がついていた。サンダークラッカーは、横たわったまま頸だけを反らして、そちらを見た。天地が逆さまになった視界の中を、群青色の機体がゆっくりと歩いてくる。
 サウンドウェーブは、サンダークラッカーの傍らまでやってきて立ち止まると、足元の航空兵に問いを落とした。

「何ヲシテイル」
「今日のアンタ、そればっかりだな」
「俺ガ見カケル度ニ、君ガ妙ナ格好ヲシテイルカラダ」
「はは、ちげぇねェ」

 サウンドウェーブは、サンダークラッカーの上に乗っている、かつて同族だったモノを、特に感慨もなく眺めた。

「君ガ殺シタノカ」
「……あァ。うん。まぁな……んっ、と」

 起き上がろうと、もがきだしたジェットロンに、サウンドウェーブは手を貸した。戦闘機に圧し掛かる重い機体に手をかけ、転がすように落とす。覆いかぶさっていた機体がどいたことで、水色の塗装についた細かい傷が明らかになった。大型機との接触によって擦れたのだろう。それを認めた途端に、なぜだかよく分からない不快感が、サウンドウェーブのスパークの中に湧きあがった。

「――で? 俺をどうする? 殺人犯として拘禁するかい?」

 立ち上がったサンダークラッカーは、逃げる様子もなく、両腕を軽く広げてサウンドウェーブに問うた。

「……」

 サウンドウェーブは、黙って左腕を揚げた。そこへ、夜空から優雅な影がフワリと舞い降りてきた。主の腕にとまった鳥型のカセットロンは、サンダークラッカーの顔を見て一声鳴いた。
 ふたつめの月の下で、夜の色をしたトランスフォーマーとカセットロンは、白銀の光に縁取られていた。サンダークラッカーは、その一対の姿が、ストンと音を立ててスパークに収まったような気がした。

「――やっぱりコンドルだったんだな」
「気ヅイテイタノカ」

 大型機に迫られながら夜空を見上げたあのとき、サンダークラッカーのアイセンサーは、上空を滑空するカセットロンの姿を捉えていた。

「眼の機能だけは良いんだ」
「コイツガ、」

 サウンドウェーブは、今はもうただの鉄屑と化したトランスフォーマーに、視線を落として言った。

「コイツガ何ヲ言ッタカハ、分カッテイル」
「そか……」
「ナゼ殺シタ」
「俺、一応、メガトロン様の護衛だから……こんなのは、本来の仕事じゃねェんだけど」
「コノ兵士ガ、現状ニ不満ヲ持ッテイタコトハ、分カッテイタ。監視対象ニモナッテイタ」
「じゃあ俺、余計なことやっちまった?」
「……」

 サウンドウェーブは答えなかった。
 サンダークラッカーは、その横顔を眺めながら考えていた。
 “現状”“不満”――もしかして自分のあの思いも、ブレインスキャンで読まれてしまったのだろうか。

「ブレインスキャンデ分カルノハ、ソノ瞬間ノ思イダケダ」
「! アンタ、」

 突然変わった話題は、明らかにサンダークラッカーの思考の内容を反映していた。
 それが、サウンドウェーブの答えなのは、明白だった。

「ダガ、ソレサエモ、全テヲ知ルコトガ、出来ルワケデハナイ」
「……」
「“現在”サエモ判ラナイノニ、未来ナド視エルハズガナイ」
「俺から見たら、アンタはまるで未来が分かってるみたいだけどな」
「俺ハタダ、情報ヲ集メテ起コリ得ル未来ヲ予想シ、自分ノ望ム結果ヲ、可能ナ限リ近イ形デ実現出来ルヨウ、現実ニスリアワセルダケダ」
「アンタの言ってること、よく分からねェよ……」
「望ミ得ル未来ニ向カッテ、自分ヲ変化サセル、トイウコトダ」

 サウンドウェーブは、サンダークラッカーに向き直り、言った。

「望ミガ無イナラバ、予測モシナイ。変ワリモシナイ」

 話の意図が見えていないジェットロンが、怪訝そうにサウンドウェーブを見つめている。

「俺ニハ、未来ナド視エナイノダ。サンダークラッカー」




***





 自室に戻ると、やはりスカイワープはいた。しかも、ご丁寧に寝台の上でスリープモードに入っている。

「おい、ワープ。ちょっとつめろよ」
「うー……」
 狭い寝台を、大の字で占領されたのでは堪らない。無遠慮な占領者を無理やりに覚醒させ、翼をたたませて横向きに寝かせる。自分も、同じように翼をたたんで、スカイワープと向かい合うようにして横になった。目の前に横たわっている同型機のオプティックが、ボンヤリとこちらを眺めている。  サンダークラッカーは、寝ぼけ眼のスカイワープに小さく笑いかけて、ただいま、と囁いた。








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