※設定等、ほぼオリジナルと化しています。





 その日、サンダークラッカーは、カセットロンたちにエネルゴン茶を振る舞われながら、お喋りをしていた。
 サンダークラッカーは、陽気なカセットロンたちとのつきあいを、それなりに好んでいた。カセットロンたちも、デストロン内では穏やかなタイプ――事勿れ主義の別名だ――であるサンダークラッカーに、懐いているようだった。だから、サンダークラッカーは、これまでにもカセットロンたちとはお喋りをすることがあったし、そんなときは、わりに楽しい時間を過ごしていた。
 ただ、いつもと違うのは、そこがラウンジではなく、彼らのボス、サウンドウェーブのオフィスだ、ということだった。





One and Only






「――そういやお前さんたち、サウンドウェーブん中にいる時って、起きてンの? 寝てンの?」

 ふと、といったように訊ねたサンダークラッカーに、赤黒の機体のランブルと、薄紫の機体のフレンジーが、口々に答えた。

「起きてたり寝てたり、いろいろだぜェ?」
「それがどうしたンだよ?」
「いや、もしかしてあン中にいるときには、情報参謀サンの考えてるコトが、まるまる読めンのかな、と思ってよ」

 ランブルとフレンジーが、顔を見合わせる。

「んんーそれはないな」
「サウンドウェーブが、そうしたいと思ったときは別だケドよ、キホン俺たちの方からは、サウンドウェーブの考えてるコトを読み取ることはできないぜ」
「ふぅん、そうか……」

 すると今度は、フレンジーが好奇心満々、といった様子でサンダークラッカーに訊ねてきた。

「どうして、そんなコト訊くンだよぅ、サンダークラッカー?」
「あ、いや、別に深い意味が有ったワケじゃ、」
「ズイブン話ガ弾ンデイルナ」
 曖昧に笑って答えかけたサンダークラッカーの背後から、突如、エフェクトの強い別の声がかけられた。知らず、サンダークラッカーの機体が竦む。
 ――そうだった。ここは、情報参謀室だった。
 サンダークラッカーは、改めて思い出した。同時に、自分がこの部屋に呼ばれるのは、必ず部屋の主が在室の時であるということも。
 訪問した時に顔を出さなかったサウンドウェーブは、しかし、ずっとここにいたのだ。たぶん、すぐそこ。執務用デスクとは別に、パーティションで分けられた区画の奥に。そこで、サウンドウェーブは、すべてを聞いていたに違いない。そんなことにも気づかずにカセットロンたちと呑気に喋っていた自分を、サンダークラッカーは思い切り呪いたくなった。
 俺に嫌がらせしたいだけ、なんだよな、コノヒト。そんなヤツの部屋にノコノコ来て、お茶飲んで、しかも話のネタにするなんて、俺、バカじゃね? 油断にもほどがあるぜ……。
 この後の自分の運命を考えて、一気に降下していくサンダークラッカーの気分などお構いなしに、二機のカセットロンは、跳ねるようにソファから飛び降り、サウンドウェーブを迎える。

「サウンドウェーブ! 俺たち、きちんとオモテナシしたぜ!」
「ゴ苦労ダッタ。ランブル、フレンジー」

 誇らしげに報告するフレンジーとランブルと、それに応えるサウンドウェーブ、という構図を、一人だけ浮かない気分で眺めていたサンダークラッカーは、あれ? と思った。
 サンダークラッカーはカセットロンたちとは一応親しいが、そのボスであるサウンドウェーブと親しいわけではない(むしろどちらかといえば苦手だ)。逆に、例の命令によって、サンダークラッカーがサウンドウェーブの傍らにいるときには、カセットロンは“ステーション”であるサウンドウェーブの中にいるか、別行動をしていることが多かった。必然的に、サウンドウェーブ主従が一緒にいる場面に立ち合うのは、オペレーション中がほとんど、ということになるのだが、そんなときの彼らは、ボスであるサウンドウェーブの命令を着実にこなす、合理的な一個のチームとして機能していた。よく統制されたチームは、よほどの緊急事態でもない限りは、余計な受け答えはしないものだ。
 つまり、今、眼の前でされているような彼らの「親しげ」なやり取りは、サンダークラッカーにしてみれば、初めて見るものだったのだ。

「じゃ、俺たち、ちょっと仕事行ってくっからヨ!」
「またな、サンダークラッカー!」

 いっとき、サウンドウェーブにまつわりついていたカセットロンたちは、口々に言うとオフィスの扉へ向かった。

「お、おう、またな」

 弾けるように部屋を出ていく二機のカセットロンを、ソファに座ったままで見送っていると、サンダークラッカーの視界の外で、カシュッ、という軽い音がした。

「?」

 視線を音のしたほうに向けると、今までカセットロンたちがいた正面のソファ――彼らはサウンドウェーブの分のエネルゴン茶も用意していた――に、サウンドウェーブが座っていた。そして。
 サンダークラッカーのオプティックが、驚きで見開かれた。その視線の先では、サウンドウェーブのマスクが収納されており、普段は隠されている下半分の素顔が露わになっていた。そこには、意外にしっかりした輪郭を持った顎のラインがあった。

「……」
「どうした」

 マスクをしている状態に比べ、エフェクトが薄れて聞き取りやすくなった声が、サンダークラッカーにかけられる。そこでやっと、サンダークラッカーは、自分がサウンドウェーブの顔を不躾に眺め回していたことに気がついた。

「あ……マスクが」
「マスクをしていたら、茶が飲めない」
「あ、いや。うん。そうなんだけど」
「なんだ」
「その、アンタ、顔があったんだなって」

 思わず口をついて出た言葉だった。
 滅多にマスクを外すことのないサウンドウェーブの素顔については、デストロン内でもさまざまな噂が立っていた。あのマスクの下には顔がなく、内部構造が剥き出しである、だとか、サウンドシステムらしくスピーカーになっている、だとか、いやいや想像もつかないような異様な形状をしているらしい、だとか。そうした噂を耳にしていたサンダークラッカーも、漠然と噂に基づいた想像をしていた。
 それらが根拠のあるものではなく、どうやら異星人であるらしいサウンドウェーブに対する、嫌悪感と嘲笑が露骨に表された噂だというのにも関わらず、だ。

「――どうすると思っていた」
「へ?」

 サウンドウェーブは、ソファに背を預けると、軽く顎を上げるようにして、テーブル上のティーセットを指し示して言った。

「顔がないなら、茶を飲むのに俺がどうすると想像していた」
「あーえーと、マスクの隙間からノズルかなんかを出して、こう……ズルズルッと?」
「君が、俺のことをどのように見ていたのか、よく分かった」

 あ、ヤベ。
 誘導尋問につられて、また余分なことを口走ったと気づいたサンダークラッカーは、首を竦ませてサウンドウェーブを窺った。だが、当のサウンドウェーブは、とくに気にした様子もなく、テーブルからティーカップが載せられたソーサーを手に取り、自分の膝の上へと移動させていた。普段の、鈍重とも見える少しぎこちない動きを全く窺わせない、優雅なその動作に、サンダークラッカーは、ふたたび目を奪われた。
 なんか、全然違うヤツみたいだ……。
 考えてみれば、この部屋でお茶を振る舞われるのも、初めてのことだ。今までは、命令通り訪問はしていたが、カセットロンたちはおらず、サウンドウェーブとは会話があるわけでもなく、ただその傍で黙って過ごすだけ――運悪く情報参謀殿のご機嫌が悪いと、辛辣な言葉を投げつけられることはあった。サンダークラッカーには、ほとんど理解できないような言いがかりがほとんどだったのだが――の、言ってみれば、全く空気のような扱いだったのだ。
 それが今日は、決められた時間にオフィスを訪れた途端に、カセットロンたちに引きずり込まれ、話しかけられ、茶まで振る舞われて今に至る。しかも、先刻のカセットロンたちの報告のしかたから考えると、どうやらそれは、サウンドウェーブの指示であったらしい。
 ……なんか、怖ェな。
 そこまでの出来事を思い返して、サンダークラッカーは思った。
 いつ頸を絞められるか判らない、というのも怖いが、この扱いの変化は、もっと、いやかなり怖い。

「何か、考えているな?」
「え?!」

 まさか、今の、読まれた?!
 さっきの発言の上に、今の思考では、上官を機嫌を損ねるには、十分すぎるほどの失態だ。サンダークラッカーはとっさに言い訳を考える。が、ブレインサーキットは空転するばかりで、何もアイデアを捻りだしてくれない。でも早く、早く何か言わないと……!
 サウンドウェーブは、慌てている航空兵の様子を観察しながら、エネルゴン茶を一口飲んでから言った。

「いちいちブレインスキャンをせずとも、君がくだらないことを考えていたことくらい分かる」
「くだらないって」
「くだらないことだろう。軍団内の噂話を反芻してみたり、俺の考えを忖度してみたり」

 やっぱ、ブレインスキャンしてンじゃねェのかよ?! と思うほど、サウンドウェーブはサンダークラッカーの思考を正確に指摘してきた。ただ内容が内容だけに、サンダークラッカーは反発することもできず、小さくなって答えた。

「う……スミマセン」
「謝罪はいらない。無駄だ」

 感情の籠らない声が、サンダークラッカーの謝罪を即座に切り捨てる。
 合成エフェクトがかかっていないのに、その声は、いつもよりも冷たくサンダークラッカーに突き刺さった。

「……」

 気まずい沈黙が、二機の間に落ちた。
 ――また、怒らせてしまった。たしかに馬鹿なコトを言った。調子に乗った自分が悪いのだろう。今日も、またいつかにように、苛立ち紛れの暴行を加えられるのだろうか。冷たい言葉を投げつけられるのだろうか。それとも、もとの空気のような扱いに戻ってしまうのだろうか。
 もう慣れてきたとはいっても、やっぱツライよなぁ……。
 サンダークラッカーは、半ば諦めとともに、次に自分に浴びせられる言葉を待つ。
 重く硬直していく空気を、サウンドウェーブの声が破った。

「――噂が作り出した“実体”は、時に実物よりも強固だ。それに、」
「……?」

 サンダークラッカーが上目づかいにチラリと見上げると、その視線を受けてサウンドウェーブは続けた。

「その噂を操作するのが、俺の仕事だからな。……まあ、気にするな」

 そう言うと、バイザーで半分だけ隠された顔が、ほんのわずかサンダークラッカーから逸らされた。
 回りくどい言い方だったが、どうやら、サンダークラッカーの不敬行為は不問に付す、とサウンドウェーブは言っているらしい。いつもと違う流れを感じ取ったサンダークラッカーが、おそるおそる訊ねた。

「……アンタ、なんか、ちょっと変わった?」

 ちょっとオカシイんじゃね? と、口走りそうになったのを、賢明にも回避した自分のブレインサーキットを褒めてやってもいいと、この時ばかりは、サンダークラッカーは思った。
 横を向いたままのサウンドウェーブが、答えた。

「――望みがあるからな」
「望み? あァ、こないだアンタが言ってたヤツか」

 サンダークラッカーのブレインサーキットに、月光を浴びて佇んでいたサウンドウェーブの姿が蘇った。あの時に感じた、スパークに必要なパーツが嵌めこまれたような、そんな感覚も。

「なんだよ、その望みって?」
「……」
 サンダークラッカーの問いかけに、サウンドウェーブは、すぐには答えなかった。が、その横顔の口許が、微かに曲線を描く。それを目の当たりにしたサンダークラッカーのオプティックが、再度見開かれた。
 笑った……? コノヒト笑った? 今?
 サウンドウェーブは、サンダークラッカーのほうへ、微笑の気配が残った顔を向け直すと言った。

「秘密、だ」
「ひ、ヒミツなのかよ」
「そうだ」

 やっぱ、今日のコイツ、恐ェ……!
 内容だけを見るならば、今までのどれよりも友好的な会話なのにも関わらず、今までにこの部屋で受けた、どんな酷い仕打ちのときよりも、サンダークラッカーは痛切に、こう思った。
 ヤベェ。俺、ヒューズが飛んじまうかも。
 サウンドウェーブは、そんなサンダークラッカーの様子を気にする風もなく、話題を変えた。




***





「ところで、君はカセットたちに、俺のファイルを参照する可能性について訊ねていたな」
「あ、あァ。あー……もしかしてマズかった? アンタの機密に関わるとか?」
「機密というほどのものではない。彼らには、俺のシステムファイルに積極的にアクセスする権限は与えられていない」
「ふぅん」
「なぜ、そんなことに興味を持った」
「いや、うん。なんていうのかな、あのな……アンタ、夢って見るか?」

 サウンドウェーブは、ずいぶん話が飛ぶな、と思った。脈絡のなさは、サウンドウェーブの苦手とするところだったが、この水色の航空兵には、彼なりの理屈があるのだろう。サウンドウェーブは、しばらく話につきあうことにした。

「夢とは、スリープ中に再生される映像のことか?」
「うん」
 トランスフォーマーの多くは、スリープ中にデフラグ処理を行う。その際、処理しきれなかったファイルの断片が、意識の表面に上がってくることがある。そうした断片が再度視覚イメージ化され再生されるものが、トランスフォーマーの見る「夢」だった。
 ただし、それはあくまでも“標準的”な機体についての話だ。

「俺は、デフラグの高速化のために、夢は強制的に排除するよう設定している」

 サウンドウェーブのように大量の情報を一挙に処理していく機体は、その辺の機構も、一般とは異なっているのだ。

「そっか……」
「それで?」
「?」
「カセットたちのファイル参照と、俺の夢とが、どんな関係があるんだ」
「ああァ、俺な、たまに夢を見るんだ」
「一般的な機体なら、当たり前のことだろう」
「うん……でも、たぶん俺が見てるの、スカイワープが見てる夢だ」
「スカイワープ? 同型機のか?」

 サウンドウェーブは、目の前のジェットロンの色違い機を思い浮かべて、一瞬苦い顔になった。
 デストロンカラーの生意気なジェットロンは、サウンドウェーブからしたら、記憶回路が断線しているとしか思えないほど低脳なのに、サウンドウェーブに対する反抗的態度には、数千万ステラサイクルの間、まるっきり変わりがないのだ。同型機で参謀職にあるスタースクリームに比べれば「小物」だという認識だったが、自分との知的レベルに落差がありすぎて話が通じないという意味では、サウンドウェーブにとっては同じように面倒な相手だった。しかも最近、その反抗的態度に、ますます拍車がかかっているときている。
 サンダークラッカーは、サウンドウェーブのそんな苦々しさに気づく様子もなく、淡々と話を続けていた。

「アイツと繋がったまま寝ちまうとさ、見るんだよ、夢」
「――繋がる? つまり君は、スカイワープと接続行為を行う、ということか?」
「アイツが、やりたがるからな」
「――」

 サウンドウェーブは、一瞬、言葉を失った。
 ショックだった。
 たしかに、サンダークラッカーとて、稼動期間から考えれば、決して経験の浅い若い機体というわけではないし、彼ら同型機同士の親密さから見ても、それはあり得べきことだった。だから、問題はそこではない。
 サウンドウェーブがショックを受けたのは、あまりにもあっけらかんと「ソレ」を告白されたことに対してだった。
 トランスフォーマーは、データの直接交換を可能とする身体機構を持ってはいるが、創世世代ならばともかく、現行世代は「接続」という行為を、純粋にデータ交換を目的として行うことは、ほとんどない。双方のプロテクト機能をいちいち無効化するのが手間だし、形式の合わないファイルを、いきなり大量に流し込まれれば、運が悪ければシステムに損傷を受けることにもなりかねない。データの直接流し込みは、そういった危険を伴うからだ。だから現在では、緊急時を除いては、情報の共有はデータチップやキューブなどの外部メディアを介して行うのが一般的になった。
 データ交換が目的ではなくなった、現行世代にとっての直接接続の利用目的は、主に快楽のためだ。通常は装甲で厳重にガードされている接続部に生じる、物理的な摩擦の感触。固有の機体コードをパルスに乗せて流し合い、わざと起こす軽微なエラー。機体熱の上昇――。これらを「快楽」として楽しむのだ。
 「接続行為」が、こうした、言ってみれば他機に己の一部を明け渡す行為となった現代では、それは秘めたる行為として、あからさまには口にされなくなっていた。その代わり、特定の文脈の中で使われる「繋がる」「寝る」といった表現が、こうした行為を暗に指す言葉として、一般的に認識されていた。
 つまり今、サウンドウェーブの中に渦巻いている言葉は、要するに、こうだ。

“お前には、恥じらいというものはないのか?!”

 だがデストロンの情報参謀たるもの、これくらいのことで動揺していては仕事にはならない。サウンドウェーブは、努めて平静を保ちながら会話を続けた。

「しかし――接続している相手の夢を共有したなどという話は、聞いたことがない。君たちはプロテクトをかけていないのか?」
「もちろんかけてるぜ。見られちゃマズいのには二重にかけてる。たぶんワープのヤツもそうだと思うけど」

 では、同型であるが故のバグなのか? 同型――それならば、

「――スタースクリームとはどうだ?」
「あァ……アイツとは、最近やってねェから、分からねェな」

 その答えに、再び少しのショックと微かな安堵とがないまぜになった、奇妙な感情がサウンドウェーブの中に起こった。が、先程とは違い、その感情の根拠がすぐには分からなかったサウンドセーブは、自分のスパークの動きを無視することにした。

「しかし、なぜ君の……その、接続しているときに見る夢が、スカイワープの見ている夢だと言いきれる」
「だって俺が出てくるから。たぶんアイツの視点なんだ」
「なるほど」
「それに俺、独りで寝てるときは、ほとんど夢見ねェし」

 ――それは、そうだろう。彼の精神構造では、感情の表面にひっかき傷を残して断片化するような日常の事象など、ほとんどないに違いない。すべてを受け流してしまう、あの「空白」の心では。
 と、いうことは、このジェットロンが主張するとおり、彼が見ているのは接続している同型機の夢、というのが、最もシンプルにして合理的な説明、ということになる。

「ふむ……」
「あ、」

 考え込んだサウンドウェーブの前で、サンダークラッカーが小さく声を上げた。奇妙に上ずった声につられて、サウンドウェーブが顔を上げた。

「どうした」
「あー……そういや最近見るわ、夢」
「どんな夢だ」
「どんなって。…………アンタの夢だ」
「ほう?」

 答えるまでに、微妙な間があったように思ったのは、気のせいだろうか。

「一緒にいることが増えたからかな? ……でも、おかしいよな。一緒にいるなら、アンタよりもアイツらとのほうが、ずっと多いのに、なんでだ?」
「……さてな」

 「さてな」。口ではそう答えたが、サウンドウェーブには、それで分かった。近頃のスカイワープの反抗的態度の理由が。
 おそらくスカイワープのほうも、接続の際にサンダークラッカーの夢を見ているのだろう。その夢の内容が気に入らないに違いない。それはたぶん、サンダークラッカーの夢に、急に自分が現れるようになったからだ。何にも囚われず、何も受け取らなかった同型機の心に引っ掛かりを残していっている自分の存在が、あの黒い航空機は気に入らないのだ。
 そこまで考えて、サウンドウェーブは、自らの口の両端が曲線を描いて持ちあがるのを自覚した。
 自分は――笑っているのか?
 俺は、嬉しいのだろうか?
 この水色のジェットロンの心に、棘を残す存在になりつつあることが?
 しかしサウンドウェーブには、当事者であるサンダークラッカーに、親切な答えを与えてやるつもりはなかった。

「なるほどな。それで君は、カセットたちに、俺のファイルを遡れるかどうかについて、訊ねていたのか」
「うん。もし俺らが同型だからそういうことが起こるってンなら、アンタの機体内に収納される設計のアイツらはどうなのかな、と思って」
「先程も言った通りだ。我々には君らのような――共鳴、は起こらない。だが興味ある現象だ。できるかぎりで、俺も原因を調べておくことにしよう」
「そうか!」

 サンダークラッカーが、笑顔を見せた。

「ありがとな。アンタ、けっこうイイ人なんだな」
「!」

 その笑顔にたじろいだ自分に、サウンドウェーブは驚いた。自分が何に動揺しているのか解らないまま、微かに揺れた機体を、無理やり押さえ込む。
 イイ人? 俺が?
 普段だったら、嘲笑と共に吐き捨てる言葉に対して、この時サウンドウェーブの顔に浮かんだのは、苦笑だけだった。
 ――サンダークラッカーは、サウンドウェーブのその顔を見ても、もう驚かないようだった。

「んじゃ、俺もそろそろ行くわ。次のシフトだし」
「ああ」
「あ、お茶アリガト。美味しかったよ」
「フレンジーたちに伝えておく。また、張り切って淹れるだろう」
「うん。あ、それと」
「なんだ」
 サウンドウェーブが聞き返すと、サンダークラッカーは、自らの口元を指差しながら、ニヤリと笑った。生意気な顔だ。それは、彼の同型機であるスタースクリームもよく見せる表情だった。
 サウンドウェーブは、スタースクリームがその表情を浮かべる度に、顔ごと叩き潰してやりたい衝動に駆られるほどに、その笑いを嫌悪していた。ところが、この時の水色のジェットロンのそれには、不思議に不快感を感じなかった。

「俺、マスクしてる時のアンタの声も、別にキライじゃなかったけど、マスクなしのアンタの声も、キライじゃないぜ。じゃ!」

 そう言うと、軽やかな動きで立ち上がったサンダークラッカーは、部屋を出て行った。
 水色の翼が、扉の向こうに消える。しばらくぶりに静寂を取り戻した室内に、サウンドウェーブの排気音が、低く響いた。

「――キライじゃない、か」

 無意識に、人差し指で自らの唇をなぞりながら、別れ際に水色の航空兵が残していった言葉を反復する。そうしてサウンドウェーブは気がついた。その笑顔が、自分に向けられたのは初めてだったということを。ファイルに残されたサンダークラッカーの笑顔を再生する。数度の再生のうちに、初見での動揺は薄れていった。おそらく、次に同じことが起こっても、みっともない動揺は避けられるだろう。
 ――次があれば、だがな。だが――、

「キライじゃない、か」

 零れた呟きには、微かに笑みの気配が漂っていた。








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