※設定等、ほぼオリジナルと化しています。





 人間からすれば、永遠に近い時を生きるセイバートロニアンの感情の動きは、とても鈍い。
 激しい情動が、ブレインに負担をかけるのを避ける為か、上昇するスパークの熱が、金属の外殻を劣化させるのを避ける為か――なんにせよ、好悪いずれの感情も、そもそも本人が自覚するまでに酷く時間がかかる。
 下手をすれば、一生気づかない場合もあるのだ。





孤独惑星






「なンもねェな」

 シャトルから降り立ったサンダークラッカーの第一声が、それだった。サウンドウェーブは、特にそれに答えることもなく、その隣に立った。
 確かに何もない星だった。深く蒼い空と、赤い砂と岩。見渡す限り、アイセンサーに捉えられるのはそれだけだ。

「で、ここで何をするンの?」
「人探シダ」

 サウンドウェーブは答えた。

「こんなトコに、誰かいンの?」
「記録上デハナ」
「へェ? また、なんで」
「ソノ人物ハ、セイバートロンデモ、カツテ最モ優秀ナ科学者ノ一人ダッタ。ト、同時ニ、大層ナ変人デナ」
「あァ……科学者ってなァ、そういうのが多いよな」

 そう言って、サンダークラッカーは笑った。自分と同じ顔の航空参謀を思い浮かべたようだった。

「ソウカモシレンナ」

 サウンドウェーブもまた、旧知の紫色の機体を思い浮かべて答えた。紺色と水色のトランスフォーマーは、それぞれに前方を見たままで笑い合った。
 ――件の人物は相当の人嫌いであったらしい。研究上の付き合いはおろか、アカデミーからの招致にも応じない。日常における個人的な付き合いも一切せず、ついには、

「自分以外ノ生命体ガ存在シナイ惑星ヘノ移住ヲ決行シタ、トイウワケダ」
「そりゃァ、筋金入りだな」

 しかし、そんなことは可能なものだろうか?
 たしかに、セイバートニアンの身体機能と科学力は、よほど過酷な環境でない限りは、ほとんどの惑星に彼らが移住することを可能とする。ただしそれは、あくまでも技術的には可能、という意味だ。
 栄養摂取のみが人間の生ではないように、彼らもまた技術だけで生きているわけではない。
 たった独りで生きる。そんなことができる者は、少ない。
 孤独は、彼らの頑強な身体ではなく、心――スパークを壊すのだ。
 たとえば、集団から物理的な距離を置くことばかりが孤独なのではない。孤独を恐れるがあまり、誰にも彼にもに見境なく追従するのも、孤独の一つの形だ。孤独による破滅から己を守るのに最も有効な方法は、全てから心を閉ざすことだ。たとえ、その身体は皆の中にあって、その顔は微笑みを形作っているとしても。
 サウンドウェーブは、自分の隣に立っているジェットロンを横目に見た。科学者の人嫌いを「筋金入り」と評して笑う、この航空兵のパーソナリティを思った。彼の“空白”の心を。
 白いフェイスパーツの上に、浮かべられている人当たりの良い微笑。彼は、その見目の良い造作をバリアにして、誰もその内に立ち入らせない。何も読みとらせない。そのアイセンサーに写る諸々の出来事は、作戦室のビューワーに映し出される各種のデータと同じように、彼自身にとっては意味がないのだ。すべては、彼のスパークの表面を滑り落ちていく。遠回しな、だが絶対的な拒絶。集団の中にありつつも、自ら孤独を望むそれは、無人の惑星に引き籠もった科学者と、どこが違うというのか。

「なァ」

 サウンドウェーブの黙想を、サンダークラッカーの声が破った。

「ナンダ」
「アンタ、さっき妙な言い方したよな。その科学者サンが、“記録上は”ここにいるって」

 サウンドウェーブの唇が、マスクの下で笑いの形に歪んだ。このジェットロンは、思考の過程を飛ばしがちだが、決して愚かではない。

「ソウダ。記録上ハ、ダ」
「なんだよ、記録って」
「ココニイルノハ判ッテイルガ、会ッタ者ガイナイ」
「はァ?」
「帰ッテコナイ、ト言ッタ方ガ正シイナ」

 ワケが解らない、という顔をしたサンダークラッカーに向き直り、サウンドウェーブは言った。

「優秀ナ頭脳ハ、周囲ガ放ッテオカナイ、トイウコトダナ」

 それは、怪談じみた話だ。
 デストロン軍もサイバトロン軍も、その科学者の研究成果を欲しており、当人がセイバートロンにいる頃から、両陣営は熾烈な勧誘合戦を繰り広げていた。もちろん、こんな辺境にまでもスカウトチームを派遣していた。

「トコロガ、派遣サレタメンバーハ、誰モ帰ッテコナカッタ」
「なんで?」
「分カラン。ドノチームモ、科学者ヲ発見シタ旨ノ通信ヲ最後ニ、忽然ト消エテシマウノダ」
「ふぅん……」

 全く要領を得ない話であるにもかかわらず、サンダークラッカーは、何かを納得したようだった。

「ドウシタ」
「ん、ああ。それでか、と思ってよ」
「何ガダ」
「俺を連れてきた理由だよ」
「ドウイウ意味ダ」
「だってよ、普通ならスタースクリームだろ? アイツ、元科学者だし」

 予想外の台詞に、サウンドウェーブは首を傾げた。科学者同士のほうが話が早い、ということを言いたいのだろうか。偏屈者の科学者と構われたがりの元科学者とでは最悪の顔合わせだろうに。
 そもそも、サンダークラッカーを連れて行きたいと申し出たのはサウンドウェーブ自身なのだが、この水色のジェットロンは、そうは考えないらしい。もちろん、サウンドウェーブのほうも、そんなことを言うつもりはなかったが。

「まぁ、メガトロン様にしてみりゃ、そんな得体の知れねェことになってるトコに、参謀二人もやるワケにいかねェだろうしな。つまり俺は、ガチの護衛ってことか」

 一人で納得した様子のサンダークラッカーのアイセンサーが、改めてサウンドウェーブを正面から捉えた。

「アンタ、カセットたちは連れてきてるのか?」
「イヤ、今回ハ全員別ノ任務ダ」

 サウンドウェーブが答えると、サンダークラッカーは言った。

「そっか、アンタ一人か……ま、安心しときな。何があっても、情報参謀様はセイバートロンに帰してやるよ」
「勿論ダ。情報ヲ手ニ入レ帰還スルコトガ、俺ノ最重要任務ダカラナ。ダガシカシ、」

 ――しかし、君は? “何か”があったとき、君はどうなる?
 あまりにも感傷的な問いかけを発しようとした自分に対する戸惑いが、サウンドウェーブの言葉を止めた。

「ん? 何?」

 聞き損ねたらしいサンダークラッカーが、軽く首を傾げた。サウンドウェーブは、咄嗟に言葉を変えた。

「……君ノ働キニ、期待シテイル」

 その言葉に、サンダークラッカーはニヤリと笑った。

「あァ、きっちり仕事してやるさ。じゃないと、スタースクリームのヤツにナニ言われるか、分かったモンじゃねェからな」

 むしろ、自分が帰らなければ、あの航空参謀は狂喜するのではなかろうか、とサウンドウェーブは思ったが、それは言わないでおいた。




***





「ここ?」
「ソウダ」

 数サイクルの後、二人は記録に残されていた座標に立っていた。目の前には、明らかに人工的な建造物が、半分砂に埋もれて建っている。中距離用のシャトルが、建物の一部に組み込まれていた。ここの住人は、二度とこの星を出る気がなかったのだろうか。

「……留守、みてェだな」

 生命体が存在している場には必ず醸し出される雑然とした雰囲気が、そこにはなかった。だが、過去セイバートロンへ発信された報告書の座標は、何機ものトランスフォーマーを飲み込んだ場所はここだ、と、たしかにそう言っているのだ。

「行クゾ」

 そう言うと、サウンドウェーブは建物に向かって歩き出した 。少し遅れて歩きながら、サンダークラッカーが話しかけた。

「思ったよりもでけェな。個人の研究所にしては、ずいぶん立派だ」
「パトロンガ、ツイテイタソウダカラナ。ソコカラ資金ガ出テイルノダロウ」
「パトロン? でも、人嫌いだって」
「主義主張ト、金勘定ハ別ダッタノダロウナ」
「世知辛いもンだな」
「マッタクダナ」

 ふと、サウンドウェーブは、近頃サンダークラッカーとのやりとりから、ぎこちなさが消えつつあることを、任務とは別の次元で好ましく思う自分に気づいた。

「なァ」
「ナンダ」
「ところで、その科学者サンのしてた研究ってなんだったんだ? 金持ちのパトロンがついてたっていうし、サイバトロンの連中まで欲しがってたって言ってたけど」
「ハッキングニヨル、スキャンデータノ書キ換エト、強制トランスフォームダ」
「……ぇえ?」

 サンダークラッカーが、なんとも言えない表情でサウンドウェーブを見た。可視化できたとすれば、巨大な疑問符が、今、このジェットロンの頭上には浮かんでいるに違いない。

「もう少し分かりやすく言ってくれよ」
「例エバ、相手ヲ抵抗ノ出来ナイ金属塊ニ変エテオイテ、ソノ生体エネルギーヲ吸イ出シテ利用スルコトガデキル」
「……えーと、それって」
「簡単ニ言エバ、共食イダナ」
「うえェ」

 外形の不定形さが特徴である彼ら金属生命体にも、共食いに対する禁忌はある。サンダークラッカーの白い顔が、あからさまな嫌悪感を示して歪んだ。

「ツマリ、サイバトロンノ連中モ、危機的ナエネルギー状況ヲ前ニシテハ、正義モ大義モ無イ、トイウワケダ」

 それでいて、俺たちデストロンのみを欺瞞の民扱いとは、笑わせる。
 サウンドウェーブの、マスクに隠された口元が、先程とは違う種類の笑いに歪んだ。
 サンダークラッカーは、嫌悪感を拭いきれない表情のまま、呟くように言った。

「もしかして、メガトロン様も、そのつもりで……?」
「ソノツモリ、トハ?」
「いや、その、エネルギー不足の解決のために、共食いするとかなんとか」
「ソウダ、ト言ッタラ……任務ヲ拒否スルカ?」

 サンダークラッカーの顔に、“あの表情”が過ぎった。その瞬間、サウンドウェーブは、目の前のジェットロンが、この世界から心を閉ざしたのを感じた。

「……命令は命令だ。拒否なんて選択肢、俺にはありゃしない」
「ソレデイイ」

 冷たく言い捨てて、再び歩き始めたサウンドウェーブは、少し後ろからついて来るサンダークラッカーの気配を意識しながら考えた。
 どうしてこうなったのだろう。ついさっきまでの友好的な雰囲気が、あっという間に崩れてしまった。そのことに感じる、苛立ちと焦り――これは、未練なのか? 馬鹿な。コイツは、ただの護衛だ。素行不穏の監視対象機だ。いざとなったら処分する手駒なのだ。今さら何を考えているのだ自分は。任務に集中しろ――。




***





「解錠されてる」

 ゲートのセキュリティーを確認していたサンダークラッカーが、サウンドウェーブを振り返って言った。

「やっぱり、いねェんじゃねーのか?」

 いくら無人の惑星だといっても、セキュリティーが開放されているのは不用心に過ぎる。サンダークラッカーの言うとおり、当該の人物は、ここにはもういないのだろうか。いや、それでは捜索隊の報告書との辻褄が合わない。移住の際に乗ってきたらしきシャトルの様子からしても、ここを出て行くつもりがなかったのは明白だ。
 そもそも捜索隊は、科学者を“発見した”と報告していた。と、すれば、求める人物は、間違いなくここにいるのだ。そうして、科学者に会ったうえで彼らは消えてしまった。
 何かがあるのだ。
 何かが起こっていたのだ。ここで。

「どうする? 中も調べるかい?」

 黙したまま答えないサウンドウェーブに、サンダークラッカーが重ねて訊ねた。

「当然ダ」
「んじゃ、開けるぜ」

 一応の用心をしつつ、二人は研究所内に足を踏み入れた。入口付近には、隙間から吹き込んだ砂が徐々に勢力範囲を広げつつあり、それが、この建物の廃墟めいた雰囲気を、いやが上にも高めていた。それでも、内部へと歩を進めるうちに、そうした埃っぽさはなくなり、二機のトランスフォーマーの踵が金属製の床に接触して立てる足音だけが、ガランとした通路にこだました。
 空気の成分に異常はない。住環境を保つためのシステムは稼働しているようだった。通路沿いの部屋を確認しつつ進む。どの部屋も相当の期間使われていない様子で、様々な機材が放置されていた。そして最も奥の部屋――どうやらそこがメインルームらしかった――で、二人は求めていた人物を見いだしたのだった。
 “彼”は、そこにいた。寝台に横たわったままの姿で。

「彼ダ」

 サンダークラッカーの問いかける視線に、サウンドウェーブは答えた。
 メモリにある画像データとの照合結果は、これが探していた当人だと、サウンドウェーブに告げていた。だが、目の前の機体からは、生体活動の兆候は窺えない。

「……死んでるのか……?」
「マダ分カラン」
 二人は、周囲に警戒しながら部屋に入った。とくに、危険な兆候は見られない。しかし――

「それにしても、なんだこれ?」

 サンダークラッカーが、疑問の声を上げた。だだっ広い部屋のあちらこちらには、奇妙な物が置かれていた。
 鱗状の金属片が幾層にも重なりあい、中心部から渦を巻くように立ち上がった形状のそれらを人間が見たなら、金属で出来た巨大な花と認識しただろう。人嫌いの科学者は、金属の花々に囲まれて横たわっていた。

「分カラン」

 先程と同じ返答を繰り返し、サウンドウェーブは壁の一面を占拠するコンソールに歩み寄った。そこから、この研究所と、そこの住人に関する情報を引き出そうと考えたのだ。
 腕からコードを繰り出し接続する。

「ソレニ触レルナ」

 サウンドウェーブは、例の“花”を興味深そうに眺めているジェットロンに警告を与えてから、システムへの侵入を開始した。




***





 構築されているシステムは、凡庸過ぎるほどに凡庸なものだった。特に目立った障壁に遭うこともなく、易々とシステムへの侵入を果たしたサウンドウェーブは、型通りのスキャンを行った。それで判明したのは、現在この建物内で稼働しているのが、やはり最低限の住環境を保つためだけの機能に過ぎない、ということだった。ログにも、目立った異常の発生は記録されていない。

『そんなはずはない』

 サイバー空間に溶け込んだサウンドウェーブの意識が、一人ごちた。幾人ものトランスフォーマーが消えているこの場所で、異常が起こっていないはずがないのだ。情報が操作されている。隠されているのは一体なんだ。
 辺りを見回す。ふと、他とは独立した別個のプログラムの存在に気づいた。

『これは……?』

 スキャン信号の触手を伸ばしても、表面で滑るような感覚を残すだけで、侵入の手がかりを得られない。完全なブラックボックスになっているようだった。ヌルリとしたその沈黙は、言いようのない嫌悪感をサウンドウェーブに抱かせた。その時、

「ぐっ……ぁ……」

 微かな声が、サウンドウェーブの聴覚センサーに届いた。
 通常、サイバー空間にダイブしている間は、現実空間の物音は自動的にシャットアウトされる。聞こえないのだ。だが、それが聞えた。ほとんど反射に近い動きで、サウンドウェーブの機体が、声のした方向へと振り返った。
 サウンドウェーブのアイセンサーは、水色の機体が膝から崩れ落ちるようにして、床に倒れ込むところを捉えた。倒れたジェットロンの延髄部には、太いケーブルが接続されている。ケーブルの先は、寝台上の科学者へと繋がっていた。

『?!』

 突如、サイバー空間のサウンドウェーブの前に、膨大なシステムデータが展開された。
 サウンドウェーブは、展開されたデータから、咄嗟に特徴を読み取った。これは、セイバートロニアンのシステムデータだ。おそらく、いや、間違いなく、サンダークラッカーから読み出されたものだろう。

『いったい何を?』

 サウンドウェーブの思考に答えるように、沈黙していたプログラムが活動を始めた。
 見る間に、サンダークラッカーの構成データが書き換えられていく。強引な書き換えに苦悶する水色機の姿が、展開されたファイルの向こうに透けて見えた。サウンドウェーブは事態に焦りを感じつつも、書き換えの隙に乗じてそのプログラムファイルを探った。このプログラムは、何をしようとしているのか。サンダークラッカーの身に、何が起ころうとしているのか。
 そして、見つけた。ここで何が起きたのか、その記録を。
 ハッキングによるデータの書き換えと強制トランスフォーム――生涯をかけた研究成果を、狂気の科学者は自分自身に応用したのだ。あれらの“花々”は、デストロン軍サイバトロン軍の別なく、このプログラムに機体を乗っ取られた者たち。哀れな犠牲者たちは、その生体エネルギーを科学者に吸い取られ、その脱け殻は、永遠に彼に侍り続ける。
 サウンドウェーブは、そうした記録を確認すると、サンダークラッカーのシステムを侵していくプログラムに対抗する記述を、猛烈な速さで書き込んでいった。“共食い”ウィルスの速度を超えなければ、サンダークラッカーは、あの部屋に散らばる“花”のひとつとなって、永遠にここに囚われるのだ。

『そんなことは、させるものか!』

 積極的な妨害を始めたサウンドウェーブを、新たな脅威と見なしたシステムが「敵」の排除を開始した。獲物の横取りを非難するように纏わりついてくる電子の羽虫を、サウンドウェーブは邪険に払いのけた。

『邪魔をするな!』

 ウィルスプログラムの精度に対して、防御プログラムは稚拙そのものだった。サウンドウェーブの攻撃に為すすべもなく、怨嗟の軋みを上げながら羽虫の群れが雲散していく。
 サンダークラッカーの機体から、ケーブルの戒めが解かれていくのが見えた。サウンドウェーブは、コンソールに接続していた自身のコードを毟り取るようにして外し、床にうずくまっているジェットロンへと駆け寄った。

「立テ! ココカラ出ルゾ!」

 ハッキングからは解放されたものの、サンダークラッカーの意識は朦朧としているようだった。

「クソッ」

 やむを得ず、サウンドウェーブは、水色の機体を引きずるようにして、部屋の外へ向かった。
 比較的軽い機体構造のジェットロンとはいえ、自ら動く気のない機体を抱えて移動することは、容易ではない。二人は、もつれるようにしてメインルームから通路に転げ出た。弾みで投げ出されるような形になったサンダークラッカーは、どうやらその衝撃で正気を取り戻したようだった。

「ぅ……」
「気ガツイタカ」
「……どうしたんだ俺……?」

 黒い頭部を軽く振りながら、顔を上げたサンダークラッカーが、サウンドウェーブを見た。

「俺ハ、アレニ触ルナ、ト言ッテオイタハズダガ」

 床に尻餅をついたままの情けない姿だったが、サウンドウェーブの声は厳しかった。

「……俺ァなンも触っちゃいねェよ」
「デハ、何故コンナ事態ニナッタ」

 サウンドウェーブはメインルームを顎で指した。部屋の中は、先ほどまでの出来事は、まるでなかったかように静まりかえっている。

「本当だ。なンも触っちゃいねェ。ただ――」

 ただ、科学者の顔を覗き込んだだけなのだ、とサンダークラッカーは言った。
 その瞬間を狙って強制接続が行われたらしく、サンダークラッカーの記憶は、そこから先が途切れていた。おそらくあのプログラムは、メインシステムと連動させたセンサーで、“獲物”の接近を感知していたのだろう。

「ナゼ、ソンナコトヲシタ」
「え?」
「ナゼ不用意ニ近ヅイタノカ、ト聞イテイル」
「あァ……気になったんだよ。本当に死んでンのか寝てるだけなのか。あんまり静かな顔だったからさ」
「ソレデ自分ガ殺サレカケテイタノデハ、話ニナランナ」
「……?」
「君ヲ襲ッタノハ、例ノ“共食イプログラム”ダ」

 サンダークラッカーは、黙ってサウンドウェーブの顔を見ていた。

「研究成果ヲ、自分自身ニ応用シタノダロウナ。アノママ乗ッ取ラレテイタラ、君ノ末路ハ」

 サウンドウェーブは、部屋の中を指差した。其処此処に散らばる金属の花を。

「――アレダ」

 その指先を追うように、メインルームに目をやったサンダークラッカーが言った。

「あんなに綺麗なのになぁ……」

 何を呑気なことを――。
 サウンドウェーブは苛々とした気分を、そのまま言葉に乗せた。

「破壊シロ」
「あ?」
「アレハ、デストロンノ役ニハ立タナイ。ダガ、サイバトロンニ渡スワケニハイカナイ。奴ラニ奪ワレル前ニ、破壊スル」
「ちょっと待てよ! つまりアイツを殺せってのかよ?!」

 珍しく激しい口調でサンダークラッカーが抗った。

「殺ス……? 殺ストハ、ドウイウコトダ?」
「ナニ言ってンだよ?!」
「アレハ、タダノ捕食機械ダ。止メルニハ破壊スルシカナイ。サンダークラッカー、」

 サウンドウェーブと、サンダークラッカーの視線がぶつかった。

「破壊シロ、コノ研究ニ関スル物スベテヲ。コレハ命令ダ。速ヤカニ遂行シロ」
「……」
 サンダークラッカーは、サウンドウェーブから視線を外し、無言で立ち上がった。腕の機銃を構え、コンソールを撃ち抜く。続いてビューワー、天井、そして、花とともに眠り続ける科学者。この星の唯一の住人は、スパークチェンバーを撃ち抜かれた瞬間、反動で微かに揺れただけで、最期まで目を覚ますことはなかった。

「……俺にゃ、命令を拒否するなんて選択肢、ありゃしねェんだ」

 サンダークラッカーの呟きには答えず、サウンドウェーブもメインルームを眺めていた。コンソールが火を噴き、炎が壁面を舐めるように這い上がる。熱風が通路へと吹き出し始めた。
 火の廻りが、異常に速い。
 二機のトランスフォーマーは、顔を見合わせた。

「やべェ」
「退避ダ!」

 セイバートロンでは、こうした研究所の類は、深刻な事故が起こったとき、汚染物質を外へ放出しないように、外部へと繋がる通路やダクトを自動的に閉鎖する設計がなされている。個人の研究所ではあるが、ここがそうした設計を踏襲しているとすれば――逃げ遅れるわけにはいかない。二人は、踵を返して走り出した。
 建物内に、警報が鳴り響く。
 速く! もっと速く動け!
 機動性に欠ける己の機体の重さに歯噛みしつつ、全力で駆けるサウンドウェーブの腕に、ぐっと重みがかかった。ハッと振り向くと、横を走っていたジェットロンの黒い手が自分にかかっていた。走りながら、そのままグイッと引き寄せられた。

「飛ぶぞ! 掴まってろ!」

 サンダークラッカー独特の低い声が、間近で聞こえた。と同時に、ジェット噴射の轟音が、サウンドウェーブの聴覚センサーをつんざいた。ジェットロンの踵に装備されたアフターバーナーが点火され、一気に加速する。高速飛行に慣れないサウンドシステムの機体にGがかかり、過剰な振動にパーツがバラバラになりそうだ。サウンドウェーブは、振り落とされないように、必死になって水色の機体にしがみついた。

「……開いてる?!」

 轟音に紛れて、サンダークラッカーの驚きの声が小さく聞こえた。サウンドウェーブは、頭をねじ曲げるようにして、進行方向に顔を向けた。入ったときに閉じてきたはずのゲートが、ゆっくりと開いていく。外の光が白く溢れ出しているその隙間めがけて、ジェットロンは飛び込んだ。

「うぉっ?!」

 全力で飛んできた戦闘機が、ゲートを出た所でいきなり止まれるはずもなく、サンダークラッカーは、逆噴射で勢いを殺しつつ、谷一つ隔てた研究所を見下ろす砂丘の頂きに、ようやく着地した。着地したといえば聞こえは良いが、ほとんど突っ込んだようなものだ。

「サンダークラッカー!」

 地面に接触する直前に放り出されたサウンドウェーブは、少し離れた場所に落ちたジェットロンに駆け寄った。

「無事カ?!」
「うー……まァなんとか……」

 派手に砂煙を上げてのランディングだったわりに、ダメージは最小限に抑えたらしく、サンダークラッカーからは、すぐに返事が返ってきた。サウンドウェーブは思わず深く排気した。

「流石ダナ」
「何がだよ」
「墜落シ慣レテイル」
「うるせェな」

 当面の危険を回避したと分かれば、軽口も出る。サウンドウェーブは、サンダークラッカーの膨れ面に、肩を揺らして笑った。その時、低い爆発音が辺りの空気を揺らした。背後を振り返る。研究所が焼け落ちるところだった。
 今さっき、飛び出してきたゲートから、炎の舌が伸び上がる。その動きは、まるで捕らえ損ねた獲物を、なお求めるかのようだった。
 あの火の廻りの異常な速さと、ゲート(おそらくダクトも)の開放から考えると、研究所内の要所要所に、発火装置に類するものが組み込まれていたのだろう。あの眠れる科学者は、いつかこうなることを想定していたに違いない。己の機体が活動を止めたとき、己に関するものすべてを、炎とともにこの世から持ち去るつもりだったのだ。
 ――胸糞悪い。
 あまりにも自己本位なその行動を、サウンドウェーブは胸中で吐き捨てた。

「……本当は寂しかったのかな」

 サウンドウェーブの隣で、同じように炎を眺めていたサンダークラッカーの、呟きが聞こえた。

「あんな風に、ここに来た連中を捕まえて、ずっと自分の側に置いといて」
「寂シイ、ダト?」
「結局、独りきりじゃいられなかったってことだろ?」
「自分ガ食イ散ラカシタ、食ベカスニ囲マレテカ? タイシタ寂シガリ屋ダナ」

 サウンドウェーブは、センチメンタルに過ぎるジェットロンの言葉を嘲笑った。

「それは……」
「言ッタハズダ。アレハ、タダノ捕食機械ダ。モウ、人デハナカッタ」

 風が、焦げた臭いを運んできた。

「カツテハ、寂シサモアッタノカモシレン。ダガソレ以上ニ、彼ニトッテハ、ココヲ訪レタ者達ハ食料ダッタノダ」
「……」
「相手ヲ、物トシテシカ見ラレナイ孤独ナド」

 黙って聞いていたサンダークラッカーが、小首を傾げて言った。

「……アンタが、それを言うのか?」

 サウンドウェーブの背後で、熱に侵された鋼鉄が悲鳴を上げながら崩れていった。








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