※設定等、ほぼオリジナルと化しています。





「アンタ、ホントは俺なんかとお茶して、無駄な時間過ごしてるヒマないンじゃね? 俺、アンタに迷惑かけてねぇか?」
「君はどうなんだ」
「へ?」
「君は、俺とこうしているのを、無駄だと思うのか?」
「……俺は、アンタとこうしてるのは、その、イヤじゃないぜ」

 彼と最後に会ったとき、そんな他愛のない会話をした。
 ――たった二ヵ月前のことなのに、ずいぶん昔のように感じる。





Phantom Pain 1





  幻肢痛【Phantom Pain】
   四肢のいずれかを切断した後に、失ったはずの手足(幻肢)に感じる痛みであり、その詳しい原因は判っていない。    また、現行の治療法の効果には個人差があり、決定的な治療法は見つかっていない。







 レーザーウェーブのラボは、たいていの場合、光量が最低限にまで落とされている。視覚機能とレーダー機能が異常に高いこの単眼のセイバートロニアンは、ほとんど光のない状況であっても、繊細な作業をすることが可能だからだ。
 その室内を、今は調整エネルゴン溶液の発する光が浮かび上がらせている。空の医療用再生ポッドのヌメリとした曲面。鋭角の影を形作る作業台、さまざまな実験器具の不穏な先端……そうした物たちが、エネルゴン独特の蛍光ピンクの光に縁取られ、それぞれの存在を主張していた。
 サウンドウェーブは、視覚センサーが捉えるそれらの反射光を意味もなく数え上げつつ、この部屋の主の声を聴いていた。

「……概要はこうだ。例えば戦闘で兵士に重大な損傷が起こった場合だな。ボディの全体的な修理および換装が必要となれば、そのシャットダウン期間、軍団としては、どうしてもある程度の兵力の低下は免れない。それが経験値の高い兵士ともなれば尚更だ。そこで、当該兵士のパーソナルコンポーネントのコピーを擦りこんだ代替機を稼働させておき、本体が復帰した時に、代替機で得たデータを改めて本体に移し替える。理屈の上では、本体が使用不可能であった期間も、本人の意識は途切れることなく継続稼働することができるわけだ。代替機の性能が本体に匹敵すれば、兵士としての質を落とすことなく使用することも可能だ」

 足下に走る二本の太いパイプ――再生ポッドにエネルゴン溶液を循環させるためのものだ――を辿っていた視線が、パイプとポッドの基部を繋ぐジョイント部分に当たる。循環用パイプが接続されているということは、このポッドは使用されているということだ。視線を上げていけば、ポットに入れられている機体が視界に入る――。
 サウンドウェーブの視線は、そこで数瞬ためらった。
 その時、滔々と流れていた声が途切れた。ふいに生まれた空白に誘われて、サウンドウェーブは視線を演説者へと移した。
 サウンドウェーブの視線の先で、レーザーウェーブが暗紫色の機体の半身を蛍光ピンクに染めあげて立っていた。闇に沈んだ顔の中で黄色く光を放つモノアイが、サウンドウェーブに向いている。同僚の注意力散漫な様子を咎めるように、そのモノアイを数度点滅させると、レーザーウェーブは再び演説を始めた。

「これは、僥倖なのだ」

 満足げにそう言いながら、レーザーウェーブは上体を僅かに後ろへと捻り、エネルゴン溶液に満たされた再生ポッドを見上げた。その動きに誘導されて、ついにサウンドウェーブもポッド見上げた。そして、見なければ良かった、と思った。
 そこに何が入っているのかは知っていた。だが、実際に己のアイセンサーで視認したとたんに、サウンドウェーブは、自身の感情回路に予想以上の負荷がかかったのを認識したのだった。
 溶液の中には、一体のセイバートロニアンが浮かんでいた。
 エネルゴン溶液に塗りつぶされて、今は良く見えないその機体色が明るい水色であることも、彼が、その背に背負う翼を誇らしげに煌めかせ、天空を切り裂いて飛翔する姿も、サウンドウェーブは知っている。
 ポッドのセイバートロニアンは、サンダークラッカーだった。
 彼は、先の侵攻作戦において被弾、大規模な損傷を被ったため、レーザーウェーブ手ずからの、“リペア”を受けていたのだった。
 広さに制限のあるポッドに入れるために、主翼と肩から突き出たエアインテークを取り外されたジェットロンは、酷く頼りない様子で、液体の中でフラフラと揺れていた。

「サンダークラッカーは、メガトロン様に直属する兵士であり、戦闘の経験値も高い。このような機体を、この実験に使えることを僥倖と言わずしてなんと言おう。デストロンのため、ひいてはメガトロン様のお役に立てることを、サンダークラッカーも栄誉に思うことだろう」

 実験。
 メガトロンに対して絶対の忠誠を誓うレーザーウェーブの狂信的ともいえる言動は、今に始まったことではない。付き合いの長いサウンドウェーブにとっては、もう慣れっこのものだとも言えた。だから、レーザーウエェーブの言葉に対して、反射的にプロセッサに走った違和感を、微かな不快感を、サウンドウェーブは捉え損ねた。
 レーザーウェーブは、もともと口数の少ないサウンドウェーブの反応など、まったく気にしていない様子で己の話を続けていた。

「――問題は、サンダークラッカーの“中身”だ。職務上“容れ物”のほうは、私が面倒を見るが……」
「俺ガ預カロウ」

 微妙な尾を引いて消えたレーザーウェーブの言葉を、引き取るようにサウンドウェーブは答えた。

「ソノツモリデ、俺ヲ呼ンダノダロウ?」
「ああ。お前ならば機密が守れるからな」
「スタースクリームハ、ドウシタ」

 ラボに呼び出されたときから、サンダークラッカーの直接の上官であり、本来ならばこの場に立ち会うはずのスタースクリームの姿が見当たらないことに、サウンドウェーブは疑問を抱いていた。
 レーザーウェーブは、首を振って答えた。

「呼ばなかった」
「ナゼダ」

 今回のサンダークラッカーの損傷は、言ってみればスタースクリームを庇ってのものだった。
 先鋒として出撃したジェットロン部隊は、部隊長であるスタースクリームが、後続が遅れたことに気づかず、敵陣深くまで入り込んだところで、地上からの砲撃に遭ったのだった。スタースクリームと、わずかに追従していたサンダークラッカー・スカイワープの三機は揃って被弾、墜落。スカイワープのワープ能力に頼っての脱出を、部隊長でもあるスタースクリームに譲った形になったサンダークラッカーは、単機で敵の地上部隊と当たることになった。
 その時に、何が起こったのかは分からない。ほぼ限界のエネルギーで兄弟機の救出にとんぼ返りしたスカイワープが見たのは、地形さえ変わるほどの破壊の跡と、敵機の残骸に半ば埋もれる水色の機体だった。

「……」

 サウンドウェーブは、記憶を再生するうちに思わず握りしめていた拳を、ゆるゆると開いた。
 四肢と翼のほとんどを破壊された姿で回収されてきたサンダークラッカーを目の当たりにしたときに、自身が受けた衝撃をいまだに処理できてないことに、サウンドウェーブは気がついていた。――何が、そんなに衝撃だったのか理解できないままに。
 そして、野心家で小心者の航空参謀にとってもまた、このことは寝覚めの悪い出来事であったようだ。レーザーウェーブの見立てでは、スタースクリームは、帰還以来、不安定な状態であるらしい。
 支離滅裂の行動で、軍団内を混乱に陥れることにかけては悪夢のような才能をもつ航空参謀に、そんなしおらしさがあるとは、サウンドウェーブには到底思えなかったが、自身もジェットロンを部下に持っているレーザーウェーブには、スタースクリームの精神状態に関して、独自の見解があるらしかった。そのレーザーウェーブに、今ここで、スタースクリームを刺激すれば何をしでかすか分からない、とまで言われれば、サウンドウェーブも黙って肯うしかない。

「スタースクリームには、折を見て私から経緯を説明しておく」
「……分カッタ」
「では、こちらへ来てくれ」

 サウンドウェーブの返答を、実験に関する全ての事柄への了承と捉えたらしいレーザーウェーブは、せかせかとサウンドウェーブをラボの奥へと誘った。一見、さほど繊細な動きができそうには見えない機体にもかかわらず、さまざまな機材の間を器用に通り抜けながら、レーザーウェーブは少し後ろを歩く同僚に向かって話し続けた。

「解っているだろうが、今回の実験は極秘のものだ。外部に漏らすわけにはいかない。だから仮ボディとコピーには活動期限を設けた」
「ドウイウコトダ」
「仮に、リペアが失敗して――万にひとつもそんなことはないと思うがな――サンダークラッカーの復帰が絶望的になったら、この実験に関する一切の情報を消去する」
「ツマリ」
「本体の機能停止から時間を置かず、仮ボディの活動も停止させ、サンダークラッカーのパーソナルコンポーネントのコピーを、この世から完全に消去する。またリペアがあまりに長引くような場合も、活動期限がこれば仮ボディは機能を停止し、同時にコピーは消去される」
「イズレニシテモ、遠カラズ彼ハ“完全ニ”死ヌワケダナ」

 辿りついた扉の前で、レーザーウェーブはサウンドウェーブを振り返って言った。

「なんにしても万が一のことだ。すべての作業を私が行う以上、そんなことは起こり得ない。心配するな」
「ナゼ、心配スル必要ガアル」

 表情のないはずの同僚から明らかに含み笑いの気配を感じて、不機嫌に答えたサウンドウェーブの目の前で扉が開いた。
 シュ。
 控えめな音を立てて口を開いた闇の奥に向かって、レーザーウェーブが手を伸べる。

「おいで」

 レーザーウェーブの声に応えて、一つの影が闇から分離した。レーザーウェーブは、ゆっくりと、むしろ躊躇いがちに薄明かりの中に現れた機体の肩に、手をかけて引き寄せた。

「サンダークラッカーだ」

 サウンドウェーブは、思わずバイザーの下でアイセンサーのフレームを顰めた。
 これは……。
 ジェットロン特有の均整のとれた伸びやかさとは、似ても似つかない貧弱な機体が、そこにはいた。小柄な機体には、丸みを帯びたフォルムが多用されている。それが余計に、華奢な印象を強めている。
 これは、まるで――、

「存在自体が極秘になるから個別信号は登録できない。その代わりに追跡子を入れてある。そのつもりでいてくれ」
「……アア」
「機能に関しては、ジェットロンの既存プログラムとの齟齬をなるべく抑えるために、飛行用のパーツもセットしてある。ただし飛べない」

 いずれも実験体の逃亡を防ぐため、か。
 レーザーウェーブの意図を、言外に拾う。
 しかし今は、それよりもはっきりさせておきたいことがある。

「レーザーウェーブ」
「まあ、今回の実験用に、急遽素体を改造して作ったものだからな、本体とは比ぶべくもない出来だが」
「訊キタイコトガ、」
「小さく見えるが、カセットロンとだいたい同じくらいのサイズだ。お前にも扱いやすいだろう」
「レーザーウェーブ!」
「メイルタイプは大規模な改造に耐えられなくてな、やむなくフィーメイルタイプを使ったのだ」

 サウンドウェーブの言を無視して一気に捲し立てると、レーザーウェーブは急に個人チャンネルでの通信に切り替えた。

《――妙な気は起こすなよ?》

 彼らの前に立ち尽くしていた“サンダークラッカー”が、おそるおそるといった風情で顔を挙げた。

「……情報参謀……殿?」

 かつての彼の面影さえ感じられない高い声で紡がれた呼びかけに、デストロンの情報参謀は大きく排気した。

「……悪趣味ダ」








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