※ ヤンデレって、どういう感じなのかなと思ったんですが、
※ 頑張っても駄目なこともあるんです。(途中で投げた)






マインドコントロール






 自らの内部機構が回転数を上げていく音が聞こえる。
 再起動時、外部刺激を受容するセンサーは、いつも聴覚から起動していく。
 いつもの習慣で排気を一つ。深く吐いたその音も、今はまだ機体内部の響きとして、聴覚センサーは認識する。
 続けて、圧力感知センサーと姿勢制御システムが立ち上がる。と同時に、仰向けになっている腹部の装甲上に、圧力を感知した。どうやら、それなりの重さを持った物体が、腹部に載っているらしい。寝起きのブレインサーキットが、センサーの感知した情報を処理して、《中型程度のセイバートロニアン一体の機体重》と答えを弾き出した。
 ――自分の上に、中型のセイバートロニアンが乗っている。

「……?」

 いまだに目覚めきらないブレインサーキットで、記憶を辿る。
 スリープに入る際、自分は基地内に与えられている私室に戻っていたはずだ。
 その時に誰かを迎え入れた覚えもない。そもそも自分は、ほんの少数の例外を除いては、私室にはほとんど誰も入れることがない。
 その部屋に、今、何者かがいる。
 それは、とても危険なことではないだろうか。
 それなのに、やけに危機感が薄い。
 寝ぼけた機体を本格的に起こすために、ブレインサーキットが吸気の指令を下したらしい。増加した分だけ深くなった排気音が、部屋の壁に反響した。
 腹部にかかる圧力の分布が変わる。侵入者が、腹に跨がったままで上半身深く屈めたらしい。どうやら彼――「彼女」である確率は、自分を取り巻く環境から推測して、限りなく低い――も、己が下敷きにしている機体の目覚めに気づいたようだった。
 そこで、やっと視界が奪われていることに気づいた。アイセンサーを開いているのに、何も見えていない。暗闇だ。
 センサーのエラーかと、起動ファイルのダンプファイルをチェックをしてみたものの、とくにエラーの報告はない。アイセンサーも、センサーからブレインへの伝達系統も正常に働いている。機能が正常ならば、ほかに考えられるのは、外部情報そのものが入力の前に断たれているという可能性だ。つまり、何かでアイセンサーを覆われているのだ。
 ようやく、微かな焦りが生まれた。機体の状況を確かめるように身じろぎしようとしたとたんに、聴覚センサーに低い声が囁きかけた。

「起きられねェよ」

 それは、馴染みのある声。
 彼ならば、自分の部屋にいてもおかしくない。
 彼ならば。
 数少ない、例外の一人なのだから。

「……サンダークラッカー」

 だが、この状況は不可解だ。
 いつ、彼は来た。
 なぜ、彼は自分の腹の上に乗っている。

「何ヲシテイル」
「アンタは、もう動けねェ。サウンドウェーブ」

 こちらの問いかけに答える気がないのか、サンダークラッカーは、クスクスと笑いながら少し機体を起こし、カセット格納部を指先でなぞりだした。

「何ヲスル気ダ」

 上半身の装甲を辿る感触は、一か所からしか感知されない。そして、視界はいまだに解放されない。おそらくサンダークラッカーは、一方の手でバイザーを覆い、もう一方の手で装甲をなぞっているのだろう。
 いつもならば、その先を予感させる、戯れのような接触。
 しかし今は、それに応える必要性を、まったく感じなかった。
 しばらくすると、格納部を縁取ることに飽きたのか、サンダークラッカーの指先は、肩と腕の関節部分に移った。カツカツと、そこを指先で軽く叩いてから、今度は張り出した肩装甲へ。上部の平らな面から外側、少し角度をつけて落ちる下部のライン、表面に浮きだしている溶接のライン……それらを執拗になぞりながら、質問には関係なく呟き続ける。

「アンタの腕も脚も、アンタが寝てる間に、オレが、」

 ほとんど吐息のような囁きが、聴覚センサーに吹き込まれた。

「――取っちまったよ」
「ナンダト?」
「取っちまった。壊しちまった。腕も。脚も」

 一言一言区切るように言ったサンダークラッカーは、そこで堪えきれないといったように、ククッっと機体を震わせて笑った。その振動が、腹に伝わる。

「愉快だなぁ。アンタ、もうどこにも行けねぇんだ。ずーーーっと、ここで寝転がってるしかねぇんだ」

 独り言のように呟く間にも、彼の手は忙しく動き続ける。
 肩の輪郭をしつこくなぞっていた手を、後ろにまわしたのだろうか、今度は腰部装甲のスイッチを探りだした。

「アンタは、情報参謀様だ。有能で、有能で、とんでもなく有能で、そんなアンタが、俺みたいなのと付き合ってくれてるなんて、嬉しくて、ホント、嬉しくて――」

 視界を閉ざされた今の状態では、サンダークラッカーの重さと、その指の触れる圧力だけが、自分の機体の輪郭を明らかにさせる、唯一の入力情報だ。そうして、サンダークラッカーの手は、腰部と脚部の境をなぞりつづけるだけで、決してその先には進まない。
 まるで、本当にその先が存在しないかのように、錯覚しそうだ。

「アンタ、きっと、すぐ俺に飽きちまうに決まってる。いつか、俺を置いて、どっか行っちまう」

 錯覚?
 ――そう、錯覚だ。

「他のヤツに触れるアンタの手なんて、いらねェ。他のヤツを見るアンタの目なんて、いらねェ。他のヤツに話しかけるアンタの口も」

 彼は、本当に自分の手脚を壊したのだろうか? 答えはNOだ。
 彼には、自分に気づかれずにそんなことをする技術はない。
 では、この尋常ではない振る舞いは? 彼は、自らを壊したのか? これもNOだ。
 彼の自己破壊願望は強いが、彼自身には、それを実行することはできない。

「……でもオレ、アンタの声が好きだ。だから、口だけは残しておいてやるよ」

 ――彼は、正気だ。
 上半身に、グッと重みがかかった。航空兵が、上体を完全に預けてきたのだろう。聴覚センサーが、間近にサンダークラッカーの息遣いを捉える。

「マスク、開けてくれよ」

 マスクの表面を、指先でカリカリと引っ掻く振動が伝わる。彼の唇は、きっとマスクのすぐ上にあるのだろう。それは、甘い誘惑だ。

「断ル」

 答えると同時に、手足に力を込める。動いた。当然だ。彼が、自分に害を与えることなどない。分っている。
 バイザーとマスクを押さえる手を拘束して、一気に体勢を入れ替える。
 不意討ちとはいえ、戦闘専門の兵士が情報官に抑え込まれることなどありえない。初めから、抵抗する気などなかったのだろう。

 サンダークラッカーは、あまりにもあっけなく自分の下に敷きこまれた。
 縋るように見上げる白い顔を見下ろしながら、マスクを開放する。

「俺にマインドコントロールを仕掛けようとは、いい度胸だ」

 両腕を頭上に拘束されたジェットロンは、静かに答えた。

「アンタのこと、壊せるくらいだったら、とっくにやってるさ」
「できないから、自らの心を壊したいと?」
「そうできれば、どんなにいいか」
「壊してほしいのか?」
「壊してくれよ」

 ――逃げたいのか。この、関係から。この、想いから。
 うっとりと囁く姿に、憤りと、憎しみと、愛しさが渦を巻いて、下腹から中枢感覚系を駆け上っていく。
 衝動のままに、水色のジェットの聴覚センサーに、一語一語刻み込むように答えを与えた。

「望みは、叶えてやらん」

 サンダークラッカーの顔が、絶望に染まった。

「一人だけ、安寧の泥沼に逃避することは許さん」

 整った顔が、くしゃりと歪んだ。滑稽だ。
 きっと、自分の顔も、歪んでいる。なんて茶番。

「正気のままで――狂え」
「ひでぇ」

 そう言って、サンダークラッカーは、泣きながら微笑んだ。








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